撮影/西股 総生(以下同)
(歴史ライター:西股 総生)
はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回は「江戸城を知る」シリーズとして、江戸城で見られる石垣のパターンを紹介します。
●近世城郭石垣の総合カタログ・江戸城(後編)はこちら
日本における城石垣のパターンは?
前回「江戸城は「濠」の教科書だ!」(前編)(後編)で、江戸城は近世城郭における「濠の教科書」だと書いたが、この城は「近世城郭石垣の総合カタログ」でもある。しかも、高級品ばかりのカタログだ。なにせ江戸城には、近世城郭で見られる様々なタイプの石垣が取り揃えてあった、そのいずれもが当時最高水準の技術で積まれているのである。
さて、城の石垣というと、一般には野面積(のづらづみ)・打込(うちこみ)ハギ・切込(きりこみ)ハギという三つのタイプが知られている。また、石の積み方の違いとして、乱積(らんづみ)・布積(ぬのづみ)という言葉もよく用いられる。
写真1:本丸西面、打込ハギで高々と積まれた見事な石垣
乱積とは、様々な形や大きさの石をランダムに積み上げてゆくやり方である。これに対し、サイズの揃った石を整然と積んでゆくのが布積で、こちらはタイルのように横に目地が通って見える。
この野面積・打込ハギ・切込ハギの三分類と、乱積・布積を組み合わせると、全部で6つのパターンができる。日本における城石垣のほとんどは、この6パターンのどれかに当てはまる(全部ではない)。
写真2:北の丸・田安門の石垣。切込ハギ・布積で美しく整えられている
江戸城では、戦国期〜江戸初期に多く用いられた野面積の石垣は、残念ながら見ることができない。アーバンでセレブな将軍家の居城には、そんな野卑なものはないのだ。けれども、打込ハギ・切込ハギについては、バラエティーに富んだ石垣を楽しむことができる。なので、江戸城を歩くときに、石垣が打込ハギ・切込ハギ×乱積・布積の4パターンのどれに当てはまるかを考えながら歩くと、石垣だけ見ていても飽きないのだ。
写真3:本丸・汐見坂門跡の石垣。向かって左側は打込ハギ・乱積、右側は切込ハギ・布積。同じ場所で2種類の積み方を見比べることができる
ではなぜ、江戸城にはいろいろな石垣があるのかというと、何度も大がかりな改修が行われたからだ。徳川家康が江戸城を本格的な近世城郭として築き直して以来、秀忠・家光の時期に大きな改修が繰り返されているし、その後も折に触れて部分的な改修が施された。
しかも、将軍家の居城である江戸城の改修工事は、各地の大名たちに割り振る「天下普請」によっている。もともと石垣造りに堪能だった大名たちが、他家に負けてなるものかと財力・労力を惜しまず、競って積むのだから、最高水準の石垣ができあがる。これを何度もくり返すから、石垣の高級カタログみたいになるわけである。
写真4:三の丸南側の石垣。打込ハギだが、向かって右側が乱積なのに対し、左側はほぼ布積。工事を担当した大名による違いのようだ
もう一つ、石垣を見るときのコツを伝授しよう。それは、石垣の隅の部分に注目することだ。ご存じの方が多いと思うが、日本の城では石垣の隅のところに「算木積(さんぎづみ)」という技法を用いる。
算木積とは、他より大きな石を使って、長辺と短辺が交互に来るように直角に組み上げる技法のことだ。古い時期の算木積みでは、何となく長辺と短辺が交互に来る感じで積んでいるが、次第に技術が進歩すると、直方体の石をカッチリ組み上げるようになる。
写真5:写真4の右側に続く石垣の隅。算木積の技法がよくわかる
江戸城では、隅石が直方体に整形されている例が多いが、よく見ると長辺と短辺の比が1:2以内に収まる算木積と、1:2.5~1:3の比になっている算木積とがある。打込ハギの場合は後者の方が技術的に後出で(時期的に新しい)、このタイプの算木積を用いる石垣は、全体に石のサイズが規格化されている様子が見てとれる。(後編につづく)
写真6:北の丸・清水門の石垣。写真5では算木積の長短比が1:2だが、写真6の方は1:2.5以上ある。横に続く石のサイズが規格化されて布積になっている
写真7:天守台の石垣。完全な切込ハギ・布積。石どうしを徹底的に整形してハギ合わせているので、写真6に見られるような間詰め石がない
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