撮影/西股 総生(以下同)
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(歴史ライター:西股 総生)

はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回は「江戸城を知る」シリーズとして、江戸城で特に見るべき石垣を紹介します。

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江戸城に残る石垣ではもっとも古いタイプ

 江戸城の石垣の中でも注意力MAXで観察してほしいのが、本丸東面の高石垣だ。全体としては打込(うちこみ)ハギ・乱積(らんづみ)なのだが、場所によって築造の時期が違っている。写真1は秀忠期の石垣だが、写真2は家康期の技法をとどめている箇所だ。

写真1:本丸東面の石垣。打込ハギ・乱積だが石のサイズはそれほどバラついていない
写真2:本丸東面・二重櫓跡付近の石垣。向かって右側が秀忠期、左が家康期の石垣。家康期石垣の方が石のサイズがマチマチで積み方もランダムだ

 江戸城に残る石垣ではもっとも古いタイプで、隅の算木積(さんぎづみ)も粗く割っただけの大石を用いて、ザックリ長短が交互になるように組んでいる。総じて大きさがマチマチの石をランダムに積み上げていて、同じ打込ハギでも野面積(のづらづみ)に近い荒々しい印象を受ける。

 古式の技法であるが、この技法でこれだけの高さに積んでいる例はなかなかない。しかも、築造から400年以上へて全くビクともしていないのであるから、よほど念を入れて積んだのだろう。算木積の技法が未熟な段階の打込ハギ・乱積の石垣としては、間違いなく国内最高水準である。

写真3:写真2の隅部分をアップで撮ったもの。算木積の技法が未完成であることがわかる

 打込ハギが割った石(割石)を用いていたのに対して、豆腐のように四角く整形した石(切石)を積み上げるのが、切込ハギだ。江戸城では、切込(きりこみ)ハギの石垣は家光期以降と思えばだいたい間違いない。

 切込ハギの石垣が集中して見られるのは、三の丸から二の丸に入るあたりで、8月27日公開「天守よりレア?じっくりみてほしい江戸城の「番所」、二の丸の同心番所、百人番所と大番所の特徴と見どころ」に掲載した番所の周囲は、ほとんどが切込ハギである。また、三の丸や北の丸でも、枡形虎口の石垣は切込ハギとなっていることが多い。家光期の改修で、虎口の防備強化が徹底的に図られたことがわかる。

写真4:二の丸銅門跡の石垣。美しく整えられた切込ハギの石垣

 枡形虎口の石垣は上に渡櫓門が載るから、本丸の石垣みたいにうんと高く積む必要がない。そのくらいの高さであれば、切込ハギなら垂直に近い角度に積むことができる。虎口の部分は、石垣の勾配が緩いと門柱と石垣との間に三角形の隙間ができて、その部分を板などで塞がなくてはいけない。けれども、切込ハギで垂直に近い角度に積むことができれば隙間を極力小さくできる、というわけだ。

写真5:中の門の石垣。切込ハギで垂直に近い角度を出している。下にある門の礎石に注意

 江戸城の石垣は、全体とすると黒っぽい伊豆石(伊豆産の安山岩)を用いているのだが、切込ハギの石垣では白っぽい石が目立つ。これは、小豆島など瀬戸内産の花崗岩である。伊豆から船で大量の石を運んでくるだけでも大変なのに、瀬戸内から巨石を次々と運んでくる労力たるや、いかほどのものであろうか。

写真6:大手三之門の石垣。算木積を構成する白っぽい花崗岩が巨大である

 さて、江戸城における切込ハギ石垣のハイライトは、何といっても天守台だ。9月10日掲載の天守の記事「かつて日本最大の天守が聳えていた江戸城、家康、秀忠、家光と改修を繰り返したのは威厳を示すためだったのか?」で説明したように、家光が建てた日本最大の天守は家綱時代の明暦3年(1657)に大火で焼失してしまい、天守台の石垣までは再築したものの、天守本体の再建は沙汰止みになってしまった。

 この明暦の大火後に再築された天守台の石垣が、切込ハギ・布積(ぬのづみ)の典型例である。9月11日掲載の天守台の記事「再建されなかった江戸城の天守…それでも素晴らしい「天守台」の魅力とは?大きさ、石材の品質、加工技術の凄さ」でも述べたように、加賀前田家が普請を担当したものだ。城好きの人の中には、切込ハギの石垣は印象が単調でつまらない、という人がけっこういる。そういう気持ちもわからなくはないのだけれど、最高水準の技術で積まれた江戸城の石垣を見ていると、切込ハギだって全然面白いじゃないか、と思えてくる。

写真7:天守台の石垣。石の規格化が進んでいることがわかる

 もう一つ書いておくと、吹上の外周部では土塁の上部だけに石を積んだ「鉢巻(はちまき)石垣」となっている。高低差があまりに大きいため土+石のハイブリッド施工としたものだが、これほど巨大な鉢巻石垣は他ではお目にかかれない。半蔵濠や桜田濠の対岸から眺めていると、溜息が出てしまうほどのスケール感なので、いっぺんぜひ実物を見てほしい。

写真8:吹上の鉢巻石垣。天気のいい日は芝土手の緑が美しい

[お知らせ]11月6日(木)発売の『歴史群像』12月号に拙稿「石垣の軍事学・前編」が掲載されています。城に石垣を積むとはどういうことか、軍事の視点から考察したものです。ご興味ある方はぜひご一読下さい。

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