ひょうたんから量子コンピューターで注目集まる

 ノーベル賞が発表されると必ず聞かれるのが、「その研究は何の役に立ちますか?」という質問です。

 役に立つ受賞研究ももちろんありますが、基礎科学分野だと、実用的な価値はない研究も多くノーベル賞を受賞しています。

 故小柴昌俊東大名誉教授(1926-2020)は、2002年にノーベル物理学賞を受賞した際、その質問を受けて、「ニュートリノの研究は全く役に立ちません」とたいへん潔い答えを返していました。実用的でなくても、基礎科学はそれ自体価値がある、というメッセージです。

 小柴名誉教授の勇気ある発言を見習いたいところですが、やはりそこまで開き直れない我々は、つい研究に実用的な価値を探してしまいます。

 今回の受賞研究「電気回路におけるマクロな量子力学トンネル効果とエネルギー準位の発見」は、今のところ実用的な価値も便利な応用製品も存在しませんが、実はもしかしたら将来とんでもなく役に立つ可能性があります。

 現在世界中で開発が競われている量子コンピューターは、既存のコンピューターと異なる原理に基づき、もしも実用化されれば、既存のコンピューターが苦手とする問題を瞬時に解くだろうと予想されています。

 量子コンピューターの核となる「量子ビット」は、量子力学に基づいて計算を行ないます。さまざまなタイプの量子ビットが提案され、実験室で試されていますが、有力とみなされている候補のひとつが、今回受賞した「マクロなエネルギー準位の量子化」を用いるものです。

 今回受賞したクラーク名誉教授らの実験は、1984年頃に行なわれたものです。今から40年も前の成果が注目され、ノーベル賞を受賞することになった背景には、量子コンピューターの急激な進展があります。量子コンピューター分野の研究が活発になったため、新しい成果が生まれるとともに、その基礎となった研究が注目されているのです。

 もしかしたら将来、クラーク名誉教授らの先駆的な実験も、量子コンピューターに欠かせない実用的な研究とみなされる日が来るかもしれませんね。

 なお、この記事は人間が呻吟しつつ書いております。

※1:Michel H. Devoret, John M. Martinis, Daniel Esteve, John Clarke, 1984, “Resonant Activation from the Zero-Voltage State of a Current-Biased Josephson Junction,” Phys. Rev. Lett. 53, 1260.
※2:John M. Martinis, Michel H. Devoret, John Clarke, 1985, “Energy-Level Quantization in the Zero-Voltage State of a Current-Biased Josephson Junction,” Phys. Rev. Lett. 55, 1543.
※3:Michel H. Devoret, John M. Martinis, John Clarke, 1985, “Measurements of Macroscopic Quantum Tunneling out of the Zero-Voltage State of a Current-Biased Josephson Junction,” Phys. Rev. Lett. 55, 1908.