規制に動いていた欧米が方針転換

 海外でもAIの研究・開発競争に向けた動きが加速しています。特徴的なのは、従来は偽情報の拡大による市民の権利侵害への懸念から「AI規制」に動いていた欧州と米国が、これまでの方向性を捨て、規制の撤廃・緩和に舵を切り始めたことでしょう。とくに顕著なのはEU(欧州連合)です。

 EUは2024年3月、AI規制を盛り込んだ包括的なAI法を制定。AIのリスクを4つに分類し、人権や民主主義の価値観に反したり、子供を危険な行為に誘導したりする利用を全面的に禁止しました。「EUが先駆者としてAI事業者に対する明確な『ガードレール』(安全対策)を設けた」(欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長)という姿勢を鮮明に打ち出したのです。

 これに伴い、イタリアではことし9月、AIに関する包括的な規制法が成立しました。EUの方針に沿った、EU加盟国では初の国内法です。この結果、刑法には「ディープフェイク」などを悪用した際に適用される不正流布罪が新設され、最長で禁錮5年を科す規定が盛り込まれました。詐欺やマネーロンダリングなどの犯罪にAIを使った場合は、より重い刑罰を科す規定も新設。14歳未満のAI利用には、保護者の同意を得なければならないことも定められました。

 ところが、ことしに入って、EUの執行機関である欧州委員会は、米国や中国との格差を縮小するために大きな制約なくAIの研究開発に取り組めるようすべきだとの考え方を示しました。きっかけとなったのは、欧州中央銀行(ECB)の前総裁、マリオ・ドラギ氏が昨年9月に公表した報告書です。この「ドラギ・レポート」は、AIの利活用に関する鈍さによって欧州の経済的地位が脅かされているとし、「EUの存続に関わる問題だ」と強調していました。

 ドラギ氏はさらに自身の報告書公表から1年を経たことし9月中旬、ベルギーの首都ブリュッセルで講演し、「(AIを規制するにしても)技術革新と開発を支援するものでなければならない」と強調。EUのAI法が開発の足かせにならぬよう「(技術の)欠点を深く理解できるようになるまで、企業に事前の対応を求める『事前規制』の制度は一時停止すべきだ」と訴えたのです。

 そして、米国でも規制から利活用推進に転じる方針が明確になってきました。

 2025年1月に発足した第2次トランプ政権は、前任のバイデン政権が敷いたAI規制をことごとく否定し、就任早々、「AIに関する米国のリーダーシップへの障壁を取り除く大統領令」に署名しました。これにより、米国でのAI開発の「障壁」となる規制は無効になり、連邦レベルでAIの規制緩和と開発奨励に転換したのです。

 ただし、欧米が開発優先に転換しつつあるとはいえ、EUが先行して法に盛り込んだ人権や個人情報、安全に配慮した規制は、「人類とAIの関係」を考え、実効性ある措置を取るために有効な方法であることは間違いありません。規制を撤廃・緩和し、研究開発に一直線に進むと、その副作用は思わぬかたちで表面化する恐れもあります。開発や利活用を進めつつ、悪影響を防ぐための措置もないがしろにしない姿勢が必要になるでしょう。

フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。