楽天証券の公式サイトに掲載されたフィッシング詐欺の注意喚起。撮影は4月11日時点(写真:共同通信)
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 2025年上半期に国内で急増した証券口座乗っ取り事件。不正アクセスにより保有する株式や投資信託が勝手に売却され、見知らぬ中国株などに置き換わっていたというものだ。大手証券やネット証券など10数社の顧客が被害にあい、フィッシング詐欺やマルウェア感染といったIDやパスワード流出には心当たりのない人も少なくない。

 金融庁が証券会社にログイン時の多要素認証を必須とする方針を発表するなど、再発防止に向けた取り組みは加速している。だが、証券会社による補償について対応が分かれるなど、被害者の不安や不信が解消されるかどうかは不透明だ。ネット証券大手の口座が乗っ取りの被害にあった投資家に、現在の心情や補償交渉の状況を聞いた。

(森田 聡子:フリーライター・編集者)

名前を聞いたこともない中国株が購入されていた…

「まだネット証券から書類が届かない」

 落ち着かない様子なのは、証券口座乗っ取りの被害にあった首都圏在住の女性だ。

 アベノミクスの頃から本格的に投資を始めた女性は、コロナショックはあったものの株価が順調に推移したことで大きく残高を殖やし、近年は保有資産の9割以上を証券口座で運用していた。時価評価で3000万円以上あったという。

“事件”が起きたのは今年の5月だった。保有していた複数の株式が勝手に売られ、売却金で名前を聞いたこともない中国株が購入されていた。

 同時期には国内の主要証券で、フィッシング詐欺などでIDやパスワードが流出し、口座が乗っ取られて不正な取引が行われる事例が頻発していた。

(イメージ図:共同通信社)

 女性は勤務先で情報セキュリティの研修を受講していたこともあり、対策は取っていたという。取引していたネット証券からメールを受け取っても、必ずネット証券のウェブサイトからログインするよう心掛けていた。にもかかわらず被害にあった。なぜ自分が狙われたのか、皆目見当がつかないという。

 金融庁の発表によると、2025年1~6月の間に女性のような証券口座乗っ取りによる不正アクセスが1万2758件、不正取引が7139件発生し、被害額は累計で5710億円にもなった。

 大半の証券会社は約款で、第三者の不正利用でも証券会社は責任を負わないとしている。しかし、事の重大さを鑑み、日本証券業協会と大手証券・ネット証券10社は5月上旬に「各社の約款にかかわらず、一定の補償を行う」と発表した。

 ただし、あくまで「一定の補償」であって、「全額補償」、あるいは被害にあう前の状態に戻す「原状回復」が受けられるとは限らない。実際、大手証券とネット証券では対応が分かれそうだ。