ミャンマー東部ミャワディの保護施設で、犯罪組織の特殊詐欺拠点から解放され待機する外国人ら(写真:共同通信社)

証券口座を乗っ取られ、知らぬ間に株式を売買される事案が多発している。すでに大手10社で被害が確認され、被害総額は約3049億円に上るという。サイバー犯罪が専門の東京都立大・星周一郎教授は「背後にはミャンマーに潜伏する中国系の特殊詐欺集団がいるのでは」と睨む。なぜか。

(湯浅大輝:フリージャーナリスト)

>>後編:証券口座乗っ取りの「元締め」は捕まらない?後手に回る金融・サイバー犯罪の取り締まり、マネロンを潰す法整備を

「闇バイトのかけ子」検挙のタイミングで発生

──金融庁によると、証券口座の乗っ取り被害は2025年1〜4月に3505件あり、被害総額は約3049億円に上ります。犯罪集団の目星はついているのでしょうか?

星周一郎氏(以下、敬称略):まず、報道されている内容などから今回の乗っ取り被害のおさらいをすると、犯罪集団は株式の「売り用口座」と「買い用口座」を用意して株価を操縦して利益を得る、というものです。

 売り用口座は、犯罪集団が偽造した身分証をつかうなどして不正に開設したものとされています。犯罪集団は、フィッシングやマルウェアといったサイバー攻撃を用いるなどして第3者の口座に不正アクセスし、これを買い用口座として使います。そこで、売り用口座で保有している銘柄と同じ日本の小型株や中国株を大量に買い付け、株価を釣り上げます。

 株価が上昇したタイミングで売り用口座を使い、ターゲットとしている株式を売却して利益を確定する、という流れです。

星 周一郎(ほし・しゅういちろう)東京都立大学法学部教授       1969年愛知県生まれ。東京都立大学法学部卒業、博士(法学・東京都立大学)。専門は刑事法。近年は情報法や医事法にも研究対象を拡げている。著書として『放火罪の理論』(東京大学出版会・2004年)、『防犯カメラと刑事手続』(弘文堂・2012年)、『現代社会と実質的刑事法論』(成文堂・2023年)、『アメリカ刑法』(訳・レクシスネクシス・ジャパン・2008年)など。 

 では、誰が「買い用口座」に不正アクセスしたのでしょうか。これには海外の特殊詐欺集団の存在が疑われます。今回の乗っ取りにおいては、日本人になじみが薄い中国株が大量に買われているなど、日本人だけでは実行しにくい犯罪です。

 また、日本の証券取引所ではインサイダー取引が強く疑われるような株式の短期間での大量売買はチェックが厳しい。中国の取引所に目をつけた犯行だと考えられるでしょう。

 今回の被害が発覚したタイミングにも注目すべきです。今年の年初から、ミャンマー東部で活動する中国系の特殊詐欺の犯罪集団のもとで働かされていた外国人が次々と解放され始めています。

特殊詐欺集団が拠点を置くミャンマー・カイン(カレン)州。日本人の高校生も働かされていた:(画像:共同通信社)

 日本でもミャンマーで「闇バイト」のかけ子(電話をかけて被害者をだます役)をしていた日本人が次々と検挙されていて、それが今回の口座乗っ取りとタイミングがほぼ重なるのです。国境をまたいだ特殊詐欺はあくまでビジネスで、商売のタネがなくなれば次を探すしかありません。

 あくまで推測の域を出ませんが、以上の条件から、ミャンマーを拠点に活動する中国系の特殊詐欺犯罪集団が、日本の証券会社のセキュリティ体制の甘さに気づいて、今回の乗っ取りを実行した可能性も考えられます。

──サイバー空間での大規模な犯罪の元締めは、同じようなグループだと考えられるのですか?