フェンタニル中毒のホームレス=2022年、米ロサンゼルス(写真:AP/アフロ)
日本経済新聞は6月26日、中国系企業が日本を経由して米国に合成麻薬フェンタニルの原料(前駆体)を密輸していた疑惑を大々的に報じました。仮に、この報道が事実であったならば、日本にとって大きな問題に発展する可能性があります。というのも、現在日米両政府は関税・通商交渉の最中にありますが、米国は合成麻薬および、その前駆体の密輸を理由にカナダ、メキシコ、中国の3国に対して高率の追加関税を課しているからです。
日米交渉は事前の予想に反して長期化していますが、相互関税発動の猶予期限となる7月9日を目前に、トランプ大統領は「日米交渉合意の可能性は低い」「関税発動の猶予は考えてない」「日本の相互関税は30~35%」などと発言し、日本を突き放すような姿勢を鮮明にしています。
そうした状況で、もし、米国から日本が合成麻薬の密輸に関与していたと見なされれば、日米関係にとって「新たな火種」になりかねないでしょう。
(白木 久史:三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト)
日経スクープ報道の衝撃
日本経済新聞(以下、日経)が「独自」の調査報道で、中国系企業が日本から合成麻薬フェンタニルの原料(前駆体)を米国へ密輸していた疑惑を報じました。日経は米国におけるフェンタニルの取引に関する裁判記録の中から日本に関する記述を発見し、それをきっかけに詳細な調査を実施して今回のスクープに繋げたと伝えています。
この日経報道は、日本政府の関税交渉を難しくする可能性があります。というのも、米国では合成麻薬の乱用が深刻な社会問題となっていて(図表1)、トランプ政権はフェンタニル対策を最重要の政策課題として取り組んでいるからです。そして、米国は合成麻薬の流入を理由に2025年2月には中国に10%、同年3月にはカナダとメキシコに25%の追加関税を発動しています。
【図表1:米国の薬物乱用による死者数】
(注)データは2003年~2023年(出所)米国疾病予防管理センターのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
重要な政治日程直前の調査報道
この報道を目にしてまず考えさせられるのは、なぜ「このタイミング」でこの調査報道が出たのか、という点です。日経報道が出た6月26日は国連が定める「国際麻薬乱用・不正取引防止デー(International Day against Drug Abuse and Illicit Trafficking)」ですが、それ以上に重要なのは、6月24日に日本政府が決定した参議院選挙(7月3日公示、7月20日投開票)の直前という「政治日程」です。
白木久史(しらき・ひさし)三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト 都市銀行で資金為替ディーラー、信託銀行やロンドンの現地運用会社で株式アナリスト及びファンドマネージャー。2007年に大和住銀投信投資顧問(現三井住友DSアセットマネジメント)入社、日本株ファンドマネージャーとして中東産油国の政府系ファンドを担当。15年から米国現地法人社長、22年から現職。同社サイトでコラム「マーケットの死角」を連載
ちなみに、26日の日経報道の当日、グラス駐日米大使は「中国からの合成麻薬前駆体の密輸には中国共産党が関与」し、「日米が協力して日本経由での前駆体の密輸を防ごう」と公式アカウントでツイートして、日本側を攻撃するような姿勢は今のところ見られないようです。
とはいえ、7月9日の関税発動の猶予期限を目前に、トランプ大統領が、「日米交渉合意の可能性は低い」「関税発動の猶予は考えてない」「日本の相互関税は30~35%」などと発言し、日本を突き放すような姿勢を鮮明にしている点は大いに気掛かりなところです。