人でごった返すガザのハーン・ユニス(写真:AP/アフロ)

 ガザで戦争が始まってからすでに1年半が経過した。AP通信によれば、現時点でガザでは5万5000人以上が亡くなっている。国境なき医師団(MSF)は戦時下のガザで医療を提供しており、その中には日本人スタッフもいる。今ガザの中はどうなっているのか。『ガザ、戦下の人道医療援助』(ホーム社)を上梓した国境なき医師団緊急対応コーディネーターの萩原健氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──イスラエルが激しく攻撃を展開するガザに派遣された日々について書かれています。なぜ萩原さんはこの任務に選ばれたのでしょうか?

萩原健氏(以下、萩原):国境なき医師団(MSF)は、ナイジェリアの人道危機に対応する形で参加した医療関係者とジャーナリストが立ち上げた、医療援助を中心とした活動団体です。

 そうした経緯もあり、MSFはアフリカでの活動の歴史は長いのですが、2011年に始まったアラブの民主化の運動の流れで人道危機に対する医療のニーズが高まると、中東・アラブ地域での活動も増えました。

 私は前職で石油開発の会社で働き、アラビア語の勉強もしました。私がMSFに参加したのが2008年で、アラブの民主化が起こったのが2011年ですから、ちょうど中東・アラブでの活動の機会が増えたタイミングだったのです。

──いつガザに派遣されたのですか?

萩原:2024年8月上旬から6週間いました。

──その時期は、イスラエル軍がガザに総攻撃をかけている最中ではないですか?

萩原:私のいたころが一番酷い状況だったのかは分かりませんが、イスラエル軍が激しく軍事作戦を展開していた時期だったことは間違いありません。

 2023年10月の紛争開始直後の非常に混乱した状況があり、その後に一時的な戦闘中止がありましたが、その後から、イスラエル軍によって、いわゆる退避要求が出されるようになりました(※)。

※退避要求:イスラエル軍がガザを攻撃するときに、あるエリアを攻撃することを事前に告げて、民間人に退避を求めること。

 退避要求は地域ごとに出されます。退避要求が出されると、そこに住んでいる人や滞在している人は別の場所に移動しなければなりません。私がいたころは、まさにイスラエル軍から度重なる退避要求が出された時期。私たちは、その中でなんとか継続的な医療活動をしようと努力しました。