すぐ目の前に“火柱”
渓流釣りのシーズンになると休日のたびにいろいろな場所に通った。群馬県の利根川でも中流域で何度か竿を出すようになっていた。関越自動車道の赤城ICから上流付近である。関越道路と国道17号線が利根川に沿って走っているので、釣り場所が分かっていれば入渓するのも難しい場所ということはなく、水深もそれほど深くないので危険性も少ない。
夕方近くであり、ドロ~ンとした曇った天気だったが雷の注意報も出ていなかった(と記憶している)。本流の川幅は10メートルもなく、トロッとした流れが続く絶好の場所であり、その日は他に釣り人もいなかった。農道になっている1メートルほどの高さの土手に車を停めて早速釣りの支度に取りかかった。竿は6.2メートルの繋ぎ竿であり、軽くて何回振っても疲れを感じることもない。
河川敷側は雑草が刈り取られており、川のそばには見上げるばかりの大木が何本もあった。川の淵まで歩くのも容易で、釣果が期待できそうな雰囲気だった。
車から300メートルほど上流に向かうとそこには淵が何個か続いており、そこを攻めれば尺ヤマメも釣れるだろうと感じた。川の中には大きな倒木があり、それがキャスティングをするのに邪魔になっていたが、それほど気に留めることにはならなかった。

当たりはあるのだが、フッキングができずに惜しい感じが何回かあった。そうしていたら遠くでピカッと光ったのは感じた。ただし、雷鳴はかなり遅れて届いていた。
光と音の間隔がどうのこうのというのはどうやら気休めであるらしいが、その時はまだ雷はかなり遠いのだと判断しキャスティングを続けていた。今から考えればそのときに竿を仕舞って車に戻ればよかったと思うが、絶好の淵が目前にあり、その場を離れる気にはなれなかった。
雨も降っておらず、雷の音が遠くから聞こえてくるだけだ。尺ヤマメの強い引きを想像しながら淵を攻めていったが、どうしても釣れない。すると突然風が強くなり、まだ夕方の5時だというのに空が真夜中のように真っ暗になってしまった。それと同時に「ピカッ、ドーン」と雷の光と音の間隔が同時のような状況になってしまったのだ。大粒の雨も身体に打ち付けるようになった。
車から歩いてきた河川敷のほうを見ると、人生で一度も経験したことがない光景がそこに拡がっていた。上空からイナズマが轟音に伴って真っ逆さまに落ちてきて地面に火柱を立てていたのだ。それも一本や二本ではなく、そこかしこに“火柱”が立っている。
「ピカッ、ドン」という轟音で地面には炎が打ち付けられている。こんなに雷の直撃でこんなに火柱が立つとはこのとき初めて知った。落雷によって地面に火花が立ち、穴が開いたように見える。

あまりの恐ろしい光景に膝がガクガクと震えたのも覚えている。戦争映画で見るような「無差別爆撃」がそこにはあった。戦争なら防空壕とか遮蔽物に身を隠すようにするものだろうが、雷は避ける術がないのだ。