この日、世界のリーダー役を米国は放棄したに等しい(4月2日、相互関税を発表したトランプ大統領、写真:AP/アフロ)

1.米国と欧州で異なる世界秩序形成の議論

目次

 米国のトランプ政権発足以降、約5か月が過ぎた。この間、従来の世界秩序のあり方の見直しに関する議論が頻繁に行われるようになっている。

 5月下旬から6月前半にかけて米国と欧州を訪問し、現地で専門家や有識者と意見交換を行ったところ、米国と欧州で議論の中身に違いがあることに気づかされた。

 米国では国家間の力関係の変化を前提としながらも、引き続き米国を中心とする大国間外交をベースとした議論が多い。

 この議論は米国が覇権を掌握しており、それが多かれ少なかれ将来も維持されることが前提になっているように感じられた。

 もちろん米国の一極覇権体制は過去のものとなったという前提で議論する専門家もいるが、今のところ少数派である。

 しかし、経済力の面に注目すれば、すでに米国のGDP(国内総生産)が世界全体に占める比率は26%(名目ベース、IMF世界経済見通し2025年4月、IMFは国際通貨基金)と第2次大戦直後(当時の米国の比率は約50%)の約半分にまで低下している。

 長期的な展望として、中国に加えて、インド、東南アジア、アフリカ等グローバルサウスの国々の経済発展を考慮すれば、今後も米国の比率の低下傾向が続く見通しである。

 しかもトランプ政権が推進する米国の製造業再強化のための政策と中国に対するデカップリング政策が米国経済に対する下押し圧力となることは多くの有識者が指摘している。

 この政策方針を継続すれば、世界全体のGDP合計に占める米国の比率はさらに加速的に低下する可能性が高い。

 こうした長期的な観点に立てば、将来の世界秩序形成は米国による一極覇権体制からすでに変質しつつあり、今後さらにその傾向が強まっていくと考えられる。

 こうした見方を共有している米国のある専門家はトランプ政権によって世界秩序の多極化が加速されることになると語っていた。

 一方、欧州では多極化(multi-polarization)をベースとした多国間外交(multilateralism=多国間主義)への移行を前提に世界秩序について議論をすることが多い。

 この見方の背景には欧州自身が第2次トランプ政権発足後、米国から自立した自主防衛力の強化に向けて大きく舵を切った事実が影響している。

 欧州諸国の現状は、防衛予算がGDP比2%前後の国が多い中、これをGDP比5%に引き上げることを欧州各国がほぼ賛成している。

 国別に温度差はあるものの、各国とも予算確保に向けて具体的な政策方針を検討している。

 日本の防衛予算は2%に引き上げるのですら苦労している状況に比べると、ロシア-ウクライナ戦争の影響は東アジアにおける台湾有事のリスクの比ではないように感じられる。

 しかし、今後多極化する世界情勢を前提として、どうすれば安定的な世界秩序形成を実現できるのかについては明確な答えが見つかっていない。

 このように米国欧州の専門家、有識者はトランプ政権発足後、世界秩序形成の変質を肌で感じ、将来のあるべき世界秩序形成の姿について緊張感をもって議論しているが、それが行きつく先の姿が見えていない状況にあると実感した。