3.国家と民のハイブリッド型世界秩序形成モデル
そうした新たな時代の到来を前提とすれば、世界秩序形成を考える際にも新たな発想が必要である。
筆者は2019年以降、日米欧中韓の学者、有識者、学生らとともに、多極化する世界を前提とした将来の世界秩序形成のあり方について議論を重ねてきた。
議論を開始した時点では、新型コロナ感染、ロシア-ウクライナ戦争、第2次トランプ政権の様々な政策などの問題に直面することは全く予想していなかった。
しかし、その後のそうしたいくつもの世界秩序を不安定化させる事象が生じるたびに、関係者全員がこの議論を始めた意義の大きさを強く感じている。
その議論を踏まえて、我々は世界秩序形成の将来像に関する提案をしている。
その基本的な考え方をごく簡潔に紹介すれば、以下のとおりである。
今後の世界の多極化を前提とすれば、国家がルールベースで安定的な秩序形成を行うことはますます難しくなり、このままでは世界は混乱し、第3次世界大戦に突入する可能性が高まる。
そのリスクを回避できる可能性がある新たな世界秩序形成のモデルは、国家と「民」(non-state actors)の両者の協調によるハイブリッド型の秩序形成である。
世界各国は国際的なルールに関する合意によって世界秩序を形成してきた。その機能は今後も重要である。
しかし、最近はイデオロギー対立の深刻化等により国際的な合意形成が困難となっているため、グローバル課題の解決のために有効な施策を実施することができなくなっている。
近年の環境問題、新型コロナへの対応、自由貿易体制等に関する国際的な合意形成の不備が重要課題の解決を困難にしていることは誰の目にも明らかである。
そこで我々は、国家を補完する機能として、モラルに基づく「民」の役割の重要性を強調する。
「民」は国家のように強制執行力を持たないため、短期的に有効な政策を実行することはできない。
しかし、企業、大学、専門家、有識者等の「民」であれば、国家を代表する存在ではないため、所属する国家の立場に制約されることなく、グローバル課題のために有効な政策を自由に提案し、話し合うことができる。
その際に重要な条件は、「民」のメンバー全員が私利私欲にとらわれず、利他主義に基づいてグローバル課題の解決に貢献することである。
一国あるいは複数の国々の国家利益の追求がグローバル課題の解決を妨げる場合、それは一種の私利私欲であると我々は考える。
「民」の貢献の仕組みとしては、利他主義に徹するスタンスを共有する「民」の専門家メンバーが個別分野別に共同で政策提案を行う。
その成果を各国が採用することで、国家間の合意を前提としなくても、各国は有効な政策を実施することができる。
現在は政策立案も政策執行も国家に委ねられているため、政策立案の段階で合意形成が難しく、合意できる内容は妥協の産物であるため有効性が制限されることが多い。
しかし、「民」にはその制約がないため、グローバル課題への有効な政策提案が可能となる。
しかも、その提案は1つに限る必要はなく、問題解決に向けた基本的政策方針を共有することを前提に、各国の実情に合わせた政策を提案できるメリットもある。
ただし、「民」には強制執行力がないため、その政策提案を選択し実施するのは各国に委ねられる。
このような形で、国家と「民」が協力し合うハイブリッド型の秩序形成システムを様々な分野で構築することができれば、多極化の時代の多国間外交を前提としても、現在の国家のルール形成のみに基づくシステムに比べて、秩序形成を安定化する効果が得られると考えられる。
(基本的な考え方の詳細については、キヤノングローバル戦略研究所HPの筆者コラム掲載の「世界秩序形成のための新たな枠組みに関する基本構想」(2022.11.09)を参照してください)