スパイ防止法だけでは足りない理由

稲村:確かにスパイ防止法では、死刑・無期懲役などの重罰を規定することにより、抑止力が期待されます。

 そして、同法があれば「スパイ行為が行われる前の段階で、スパイを立件できる」という可能性が高まります。1986年のスパイ防止法案(修正案)では、「不当な方法で防衛秘密を探知し、又は収集した者」を処罰対象としています。情報を探知・収集した時点で立件が目指せるという点は、情報が漏洩する前に未然で立件可能性があるという点で有効な法律です。

 一方で、そもそもスパイ活動で目標とされる情報は幅広く、防衛秘密だけではなく、外交や政治、経済安全保障上重要な技術情報やそれに準じた営業秘密も含まれます。このように「保護対象」を拡大させていくと、比例して法律成立へのハードルが上がっていくのも事実です。

 例えば、特定秘密保護法に探知・収集行為を追加し、まずは保護対象に政治情報を含むよう改正したり、営業秘密を保護する不正競争防止法を同様に強化したりと、検討できる手段が多数あるのも事実です。つまり、守るべき情報=保護対象の範囲をどこに据えるか、スパイ行為の構成要件をどう組み込んでいくかが重要な観点です。  

「スパイ防止法」を石破首相に提言した自民党治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会会長の高市早苗衆議院議員(写真:共同通信社)

 一方で、そもそもどんなに優れた法律があっても、捜査機関が証拠を収集できなければ罪に問えません。まして、スパイ防止法の目的はあくまで「情報を守り、スパイを摘発すること」です。

 スパイ活動だけではなく、より広義で考えてみると、例えば、政治工作などの「影響力工作」までカバーできる法律ではありません。世間の皆さんが関心を寄せやすいハニートラップによって、政治家にアプローチするような工作活動に関しては、スパイ防止法の適用対象外となってしまう可能性があります。

 日本が過去に「スパイ天国」と揶揄されたのは事実です。しかし、どの工作活動について、どんな法律が必要なのか。捜査上のハードルはないのかなど、細かな議論が必要だと思います。全て一緒くたにスパイ防止法だけを優先するような風潮はあまり建設的ではないと感じます。

──現場において、スパイ防止法に資する法律がないために捜査が難航したというようなことはあるのですか。