スパイ防止法は必要なのか?(写真:IngramPublishing/イメージマート)

自民党の治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会が、「スパイ防止法」の制定に向けた提言をまとめた。提言には「諸外国と同水準のスパイ防止法の導入を検討するべき」と記されている。だが、同法がないことで、そもそも日本はスパイ活動がしやすい国なのだろうか。 諜報事件の捜査に従事した経験を持ち、企業に対して対諜報活動を含む技術流出対策を指南する稲村悠氏に話を聞いた。

(湯浅大輝:フリージャーナリスト)

スパイ防止法が求められる背景

──自民党が「スパイ防止法の制定を」という提言をまとめました。自国民及び外国人による諜報・工作活動(機密情報漏洩・技術流出・政治工作など)対策の必要性が叫ばれていますが、現在の状況をどのように捉えていますか。

稲村悠氏(以下、敬称略):「スパイ防止法の制定を」という声が高まっているのは、その危険性が認知されてきているからでしょう。近年、企業がこれまでにないほど、経済安全保障の文脈での技術流出対策について積極的に取り組み始め、技術流出対策時に中国やロシアといった国名を出すことへのアレルギー反応がかなり弱まったと感じます。

稲村 悠 (いなむら・ゆう) 日本カウンターインテリジェンス協会代表理事 1984年生まれ。東京都出身。大卒後、警視庁に入庁。刑事課勤務を経て公安部捜査官として諜報事件捜査や情報収集に従事した経験を持つ。警視庁退職後は、不正調査業界で活躍後、大手コンサルティングファーム(Big4)にて経済安全保障・地政学リスク対応に従事した。その後、Fortis Intelligence Advisory株式会社を設立。BCG出身者と共に、世界最大級のセキュリティ企業と連携しながら経済安全保障対応や技術情報管理、企業におけるインテリジェンス機能構築などのアドバイザリーを行う。また、当協会を通じて官公庁や自治体、企業向けへの諜報活動やサイバー攻撃に関する警鐘活動を行う。メディア実績多数。著書に『企業インテリジェンス』(講談社)、『防諜論」(育鵬社)ほか

 また、産総研事件が明らかにしたように、中国による技術窃取が身近な問題として社会で認知されましたが、そもそも中国による技術窃取は合法か非合法か手段を問わず、かつ多様なスキームでアプローチしてくるために防ぎにくく、既存の外為法や不正競争防止法、特定秘密保護法といった法律では対処しきれないという現実があります。

茨城県つくば市にある産業技術総合研究所の研究データが漏洩した事件。中国籍の元主任研究員が営業秘密の研究データを中国企業に送信したとして2023年6月に逮捕された。2025年2月に東京地裁で有罪判決を受けた。

 この産総研事件では、先端技術が漏洩したにもかかわらず、司法の判断は「執行猶予付」であり、非常に甘い結果となりました。そこで、改めて重罰を求めるスパイ防止法が声高に叫ばれました。

産業技術総合研究所 つくば本部棟(写真:日刊工業新聞/共同通信イメージズ)

 ただ、「スパイ防止法がないから日本はスパイ天国なんだ!」という声は世論でも根強いですが、同法が万能薬かのように語られることに対して私は懐疑的です。

──スパイ防止法があっても、スパイを今より防げるとは限らないということですか。