背景:複雑化した米政府の対中規制、最新の規制要件も明らかに
一連の動きの背景には、米政府による対中輸出規制の複雑な経緯がある。
エヌビディアは、バイデン前政権下で導入された輸出規制に対処するためにH100に代わる「H800」を開発した。だがこれは2023年10月に禁輸対象になった。
そこでH20を開発したものの、2025年4月、このH20に対しても輸出ライセンスの取得を義務化。これにより事実上、中国市場でのH20の販売が困難になった。
その結果、エヌビディアは45億ドル(約6500億円)の在庫を評価損として計上せざるを得なくなった。フアンCEOは150億ドル(約2兆1800億円)の売上機会を失ったと説明した。
最新の輸出規制では、GPUのメモリー帯域幅にも新たな制限が課された。これはAIワークロードに不可欠なデータ転送速度の指標だ。
米証券大手ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループの推定では、新規制はメモリー帯域幅を1.7~1.8テラバイト毎秒(TB/s)に制限している。
H20が4TB/sの能力を持っていたことと比較すると大幅な性能低下となる。
GF証券は、新しいBlackwellベースのGPUがGDDR7メモリー技術で約1.7TB/sを達成し、規制の範囲内に収まると予測する。
バイデン前政権末期の1月に発表された「AI拡散に関する枠組み(U.S. Framework for Artificial Intelligence Diffusion)」は、大半の国へのAIチップ輸出を制限することを目的としていた。
トランプ大統領は、この規則を撤廃する意向を示した。
フアンCEOも、「これまでのAI輸出規制は誤っている」とし、米国の技術力を世界で最大限に活用することに焦点を当てるべき、との考えを示している。
その一方で、中国に対する規制は依然、維持・強化されており、対中規制の全体像は依然として流動的だ。
中国市場の重要性とNVIDIAのジレンマ、シェア急落
フアンCEOは一貫して「中国市場はエヌビディアの成長に不可欠」と公言してきた。
実際に、米当局がH20に対する新たな輸出ライセンス要件を発表した直後の4月下旬にも北京を訪問し、中国当局者らと会談している。
エヌビディアの2025会計年度(2025年1月期)における中国市場の売上高は171億ドル(約2兆5000億円)に達し、総売上高の13%を占めた。
ただ、相次ぐ規制強化により、同社中国事業の収益比率は低下傾向にある。2025会計年度の中国市場の売上高比率13%は、前年の17%、2年前の21%から減少している。
フアンCEOが台北で記者団に語ったところによると、現在のエヌビディアの中国市場シェアは、米国の輸出規制が影響を及ぼし始めた2022年以前の95%から、50%にまで落ち込んだ。
主な競合相手は、「昇騰(Ascend)910B」チップを製造する中国・華為技術(ファーウェイ)だ。
フアンCEOは、「米国の輸出規制が続けば、より多くの中国顧客がファーウェイのチップを購入することになる」と警戒感をあらわにした。
今回の安価なBlackwellチップの投入計画は、シェアが縮小しつつも依然として巨大な市場を手放すわけにはいかない、というフアンCEOの強い意志と、従来アーキテクチャーでの対応の限界というジレンマの表れと言えるだろう。
中国AI開発、試練と国産化の道 NVIDIAは次世代戦略が焦点に
米政府による一連の措置は、中国企業のAI開発にさらなる制約を課すことになる。
高性能AI半導体へのアクセスが一段と困難になることで、開発ペースの鈍化は避けられないとの見方が強い。
その一方で、ファーウェイ傘下の海思半導体(ハイシリコン)などが開発する中国国産半導体へのシフトが一層加速する可能性がある。
エヌビディアにとって、Blackwellベースの新チップ投入は、中国市場での成長鈍化を補い、かつ米規制にも対応できる製品ラインアップの構築に向けた具体的な一歩となる。
フアンCEOの「Hopperではない」発言と、それに続くBlackwellチップの詳細報道は、同社が次世代戦略へと確実に移行しつつあることを示している。
AI分野における技術覇権を巡る米中の対立は今後も続くとみられる。
エヌビディアをはじめとする世界の半導体産業、さらにはハイテク産業全体の動向に引き続き大きな影響を与えることになる。