渋沢の性格が運を活かした

 意志はその人の人生を方向づける舵の役目を果たす。さらに、その幸運を幸運たらしめるのは、その意志を現実化する実力である。

「栄一はいつどのような職務を与えられても創意工夫を怠らず、結果として主家を富ますよう努めつづけたことにより、これらの幸運を引き寄せたのである」

 わたしは「引き寄せの法則」など信じないが、なにごとに対しても、自分で考え、ひたむきに努力をする渋沢の性格は、運を活かしたといえるだろう。

 だから人生は90%の運だが、残りの10%は意志だというのである。意志の10%は少ないではないかというのなら、50%と50%でもいい。

 わたしは子どもの頃から、しっかりした夢や目的をもったことがない。なにも考えていない凡庸な男である。

 ただ中学の頃から、外国への憧憬だけは強かった。

 そのため高校進学時は商船高校を受けた。将来、外国航路の航海士になれるかも、と思ったのである(航海士なら商船大学だが、そういうこともわからなかった)。しかし不合格。

 結局、普通高校に行き、普通の大学に行った。

 そして在学中にアルバイトをして、一年間留年をし、ヨーロッパ旅行をした。これはほぼ自分の意志100%で実現できた数少ないことの一つである。

 その後、25歳のときに、はじめて目標らしき目標をもった。

いつか吉本隆明論を出版する!

 学生時代、友人のNが「おまえなんか、吉本隆明が合うんじゃないかなあ」といったのである。その結果、それまで本とまったく無縁だったわたしは、吉本隆明の本だけでなく、本全般を読むようになった。

 そして明確な目標ができた。

 いつか吉本隆明論を出版すること、そしていつかファンとしてではなく、吉本さんにお会いすること。

吉本隆明(1989年4月、写真:共同通信社)

 わたしが現在、曲がりなりに本を書けるのも、運がよかっただけである。

 ひとりで文章を書きつづけて20年後、O氏という見ず知らずの編集者に、中島みゆきに関する原稿を送った。