減反政策、転作奨励のビジョンなき「補助金農政」が招いた危機
生産量調整の基盤となったのが、半世紀に及んで実施した減反政策である。巨額の補助金を伴う減反政策は2018年度に廃止されたが、その後も補助金で“生産調整”を行う政策がとられてきた。主食用米から麦、大豆、飼料作物などへの転作を支援する「水田活用の直接支払交付金」の存在だ。しかも、水田維持のために5年ごとに水を張ることが交付金の要件となっていたが、このルールを2027年度以降は廃止するなど、交付金の要件を緩和。
令和7年度予算の概算要求では「水田活用の直接支払交付金等」に3015億円も計上されている。国中が大騒ぎとなったコメ騒動があったにもかかわらず、いまだに国民の税金を使って飼料用米などへの転作を奨励しているのである。
令和6年産の主食用米は、作付面積が1.7万ヘクタール増えたこともあって、生産量が増加したのだが、今回の「水張りルール」廃止などの要件緩和と、昨今のコメ価格高騰、そして政府の買い戻し条件付き備蓄米放出が、令和7年産の主食用米の生産量、つまり農家の生産意欲にどんな影響を及ぼすのか。
転作奨励に向けた要件緩和、あるいは備蓄米の買い戻しによって今年の秋以降もコメ不足=価格高騰となることを見越した生産者が作付面積を増やすのか、そして大手、中小の集荷業者、流通業者はどう動くのか。今年のコメ争奪戦の行方はまさに不透明だ。
そんな事態を招いたのは長期ビジョンを欠いた政府のコメ政策に他ならない。昭和の時代、戦中戦後を通じて食料不足を解消するために食糧管理制度が実施された。国がコメをすべて買い上げ、消費者への配給、価格などは政府の統制下に置かれたのだ。
やがて買い取り価格よりも売り渡し価格が安い逆ザヤが発生し、財政赤字が拡大。本格的な生産調整である減反政策が1970年度になって実施され、転作奨励金という補助金をばらまいた。その後転作奨励金の予算額が減少し、安倍政権下の2018年度に廃止となった。
とはいえ前述したように、農水省はいまだに奨励金を出して転作を奨励し、その要件を緩和しようとしている。近年は年間10万トンペースで消費量が落ち込んでいたことから、それに合わせるかのように農水省は巧みに“生産調整”を行い、コメ余りによる価格下落を防ぎ、農家と農協を守ってきたかのように見える。
しかし、この“国家管理経済”の構図に、新自由主義の利益追求型業者、投機筋が参画してきたことから農水省の思惑は外れてしまい、備蓄米放出といった事態に追い込まれたということか。
昨年夏の終わりから秋にかけてのコメ不足、今年になっても続くコメ価格高騰、そして窮余の策である備蓄米放出──。コメ価格の高値安定を望む生産者や農協と、高騰前の水準に戻してほしい消費者、飲食関連業者などの思惑は異なる。
そこへきて世界的な気候変動による生産活動への影響、地球規模の食糧争奪戦という、従来の農政ではクリアできない課題が迫っている。戦後一貫して続けてきた補助金農政では、これらの課題に対処できないのは目に見えている。一連のコメ騒動は食料危機の一端でしかない。抜本的な農政改革が迫られている。
【山田 稔(やまだ・みのる)】
ジャーナリスト。1960年長野県生まれ。日刊ゲンダイ編集部長、広告局次長を経て独立。編集工房レーヴ代表。主に経済、社会、地方関連記事を執筆している。著書は『驚きの日本一が「ふるさと」にあった』『分煙社会のススメ。』など。最新刊に『60歳からの山と温泉』がある。東洋経済オンラインアワード2021ソーシャルインパクト賞受賞。





