貿易戦争の経済的コスト
我々はまた、経済的なコストについても教訓を与えられている。
裕福で権力もあるトランプ支持者たちは、このコストを無分別にも無視している。
筆者は昨年6月、次のように指摘した。
「バイデンは年を取っているかもしれないが、トランプは狂っている。それも、周りから見て楽しいと思える狂い方ではない。危険な狂い方をしている。彼の本能は独裁者のそれだ」
そして、実際その通りであることが明らかになっている。
トランプが始めた貿易戦争はそうした危険性の証明の一つだ。
本紙フィナンシャル・タイムズの「関税トラッカー」がまとめたところによれば、驚いたことに米国と米国から責められている国による「重要な関税の発表」はここ3カ月弱で25件に達している。
しかも、そのうちの7件が4月2日から11日までの間に集中している。
すべての国に対する「相互」関税の発表が2日にあり、市場が大荒れになった後に税率の10%への引き下げと90日間の延期があった。
税率が懲罰的な高水準になった米国と中国の報復合戦も、この時期に行われている。
株価は下落し、市場のボラティリティー(変動性)が高まっている。
そしてそれ以上に気がかりなことに、米国債の利回りが上昇しているにもかかわらず米ドルが下落した。
資本が米国自体から逃げ出し始めたかに見えた。トランプが怯んだのも無理はない。
大統領は世界に「関税をかける」時、外国人が2024年末時点で米国債を8兆5000億ドル(公的債務総合計の4分の1に近い額)保有していることを認識しておくべきだった。
関税の使い方に見る専制政治
保護主義の経済学それ自体よりもさらに大きな懸念を生みだしているのが、トランプの貿易戦争の進め方だ。
確かに、関税は政策手段としては悪手だ。
貿易可能財の生産には自国市場への強いバイアス(偏重)を、そして輸出には高率の税――実質為替レートの上昇を介した間接的な負担と、投入財の価格上昇を介した直接的な負担――をそれぞれ負わせるからだ。
しかし、それ以上に深刻なのは関税の利用のされ方だ。
関税は税金だ。1970年代の米国連邦議会は浅はかなことに、「非常事態」への対応であればこの税金を思い通りに課す権限を大統領に付与してしまった。
その「非常事態」が想像上のものであったとしても、だ。
これは典型的な専制政治だ。おかげで今、驚くまでもなく、トランプはこの権限を利用してカオス(混沌)を作り出している。
この関税で米国は再度工業化されるなどと、真剣に考えられる人はいない。それどころか一連の関税は企業活動をマヒさせ、物価を押し上げ、景気を減速させる。
気まぐれな権力の行使を終わらせることには、こうしたカオスを回避できる利点があった。
例えば、英国は17世紀末までに巨額の資金を長期間、それも低利で借りられるようになっていた。
これはまさに信頼の賜であったし、18世紀と19世紀に金融が栄える基盤の一つにもなった。ひいては産業革命と、その結果としてもたらされる繁栄を強く促す要因にもなった。
これに対し、何をやり出すのか予測がつかない独裁者が生み出すのは、ムダと不安、そして広範囲に及ぶ不確実性だ。
これらは繁栄を阻害する。
方針がころころ変わるトランプの貿易戦争と世界貿易システムの破壊は現在、それを実証している最中だ。