ディストピアこそユートピア
前回の大阪万博が開催された1970年当時とは異なり、全く想像できない未来技術のようなものは今の時代そうはない。もちろん、空飛ぶクルマもマクロスシリーズのフォールド通信も実現すればそれはそれですごいことだが、情報過多の今の時代、かなりのテクノロジーは何となく知っている、聞いたことのある存在になってしまっている。
今回の万博が、単純にテクノロジーを見て「わあ、すごい!」と驚くものではなく、よりコンセプチュアルな方向を向いているように感じるのも、そのためだろう(あくまでも、筆者が見た範囲の話だが)。そう考えると、単にテクノロジーやインスタレーションを楽しむだけでなく、それが生み出された背景や未来社会について、自分なりの解釈を加えていくといっそう楽しめるのではないだろうか。
現実世界を見れば、トランプ政権による相互関税が世界経済を揺さぶっている。第二次大戦後に構築された政治・経済・安全保障の枠組みも、容赦なく壊しにかかっている。トランプ大統領が主張しているように、世界の国々が米国を食い物にしたかは定かではないが、トランプ大統領とその支持者はそうした物語の中で生きている。
ジョージ・オーウェルの『1984』や松本零士の『銀河鉄道999』を紐解くまでもなく、コンピューターに支配された未来を人々はディストピアとして描いてきた。現実に起きることは機械と人間の融合だが、人間は平衡状態にある分子の淀みに過ぎず、人間を人間たらしめてきた「考えること」も、余計なナラティブを生み出すだけだとすれば、そうしたディストピアこそがむしろユートピアにも思える。
トランプ政権が相互関税を発動させたのは、メディアデーがあった4月9日13時1分。これはただの偶然だが、世界秩序が本格的に変わるこのタイミングで大阪で万博が開催されたことに、何かの意味があると思いたい。これはほとんど意味のない意味づけだが、人が人であり続けるために必要なことだと思うから。
篠原 匡(しのはら・ただし)
編集者、ジャーナリスト、蛙企画代表取締役
1999年慶応大学商学部卒業、日経BPに入社。日経ビジネス記者や日経ビジネスオンライン記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長を経て、2020年4月に独立。著書に、『人生は選べる ハッシャダイソーシャルの1500日』(朝日新聞出版)、『神山 地域再生の教科書』(ダイヤモンド社)、『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』(朝日新聞出版)など。『誰も断らない 神奈川県座間市生活援護課』で生協総研賞、『神山 地域再生の教科書』で不動産協会賞を受賞。