カフジ・ビエガ国立公園

(髙城 千昭:TBS『世界遺産』元ディレクター・プロデューサー)

“紛争鉱物”の産出地で暮らすゴリラの悲劇

 世界に衝撃を与えた1枚の写真がある。アフリカの内陸、ほぼ赤道直下のヴィルンガ火山地帯にある雨林で、群れを率いるリーダーだった雄ゴリラが殺された。体重230kgもの死んだゴリラの巨体は、井桁に組んだ木の枝に蔓草でくくり付けられている。それを、村人たち20人近くが集まり、肩に担いで運び出す光景を捉えたものだ。

 この2007年に撮られた“ゴリラの葬列”は、あたかも聖なる神輿をかつぐ氏人の列や十字架に磔にされたキリスト像にも見え、私たちの胸をえぐるだろう。

 地球上に700頭しかいないマウンテンゴリラ。その雄1頭だけでなく、子連れの雌6頭も殺害された悲痛な事件が起きたのは、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の世界遺産「ヴィルンガ国立公園」(登録1979年、自然遺産)だ。山地の森は、隣国ルワンダと地続きであり、ゲリラや兵士・難民が流れ込み、身を潜めるには格好の場所である。

 ルワンダ大虐殺を主導したフツ族の民兵が組織化、また虐殺された側のツチ族も武装勢力となり、そこにコンゴ政府軍が加わり三つ巴の戦闘をくり返していた。誰が何の目的でゴリラを標的にしたのかは藪の中である。

 サハラ以南で最大の国土(日本の約6倍)をもつコンゴ民主共和国。1998年からは内戦状態に陥り、540万もの人命が失われたという。現在もなお、日本の外務省が発表している「海外安全ホームページ」では、北部から東部にかけてはレベル4(退避勧告)と真っ赤だ。このエリア内に「ヴィルンガ国立公園」「カフジ・ビエガ国立公園」など4つの世界遺産があり、30年近くずっと危機遺産に加えられたままである。

 なぜ手つかずの熱帯雨林が、危機的な状況に置かれることになったのか? 遠いアフリカの内戦で、日本人の生活とは何ら関係ないと思いがちだが、そこに見ようとしなければ見落としてしまう事実がある。

 コンゴは、金・コバルト・錫など鉱物資源が豊かな国で、中でも現代生活に欠かせないコルタンの埋蔵量は、世界の80%ともいわれる。このコルタンから抽出する“タンタル”というレアメタルは、スマホやパソコンなど電子機器のコンデンサーの必需品である。内戦の引き金になったのは、コルタンの違法な採掘だった。100を超える武装勢力が鉱山の利権をめぐって争っている。

 近年は「紛争鉱物」と呼ばれる、コルタン・錫を産出するのがコンゴ東部なのだ。首都キンシャサから遠く中央政府の目が届かない、いわば無法地帯である。そして丁度そこを“終の住み処”にしていることが、ゴリラの悲劇だった。