食べてしまったケーキはもうない

 経済の構造変化を進め、潜在成長率を引き上げたければ、やはり一定の金融環境の循環を取り戻さなければならない。企業のリスクテイクの意欲を削いでしまう金融環境は、調整の痛みを減じるものであっても、低成長というマイナスをもたらすのではないか。

「ケーキを食べたら、それを持って帰ることはできない」という英語の言い回しがあるが、これまでの日本経済は、構造改革の痛みは避けたいが、構造改革でより高い成長も実現したいという、これと同様の状況だった気がしてならない。

 2%を上回るインフレが3年近くも続く中で、これから政策金利は景気の実態を反映してさらに上がるかもしれない。それは、水準が分からない中立金利が現在よりも高いからだというような理由からではなく、インフレ率に表れる日本経済の体温からして、経済活動が現在の実力以上に活発化する方向にあるからと考えるべきではないか。中立金利がどこにあるかは、結局、景気循環の一循環が終わらないと分からない。

日本の消費者物価指数は2%超えが続く(図表:共同通信社)

 一方で、米国で再びトランプ政権が誕生したことで、世界経済の先行きは不透明になっている。日本経済もいつ後退局面に入るか分からない。

 したがって、経済活動の水準がピークを越えたと判断された時には、再び金融緩和の方向に舵が切られて然るべきだろう。それが「普通」の金融政策だ。そうした金融政策が、景気循環に沿って金融環境をもまた循環させることになり、その循環が日本経済の構造変化を後押しする。

 このところ長期金利の上昇も注目されているが、その長期金利も含めた、金融市場全体が金融環境を形成しており、それが景気循環に沿って変化するというのが「普通」なのではないか。そうした金融環境の循環の中で、政策金利にせよ、長期金利にせよ、事後的に中立金利が確認できるのだろう。

 政策金利にだけ着目し、中立金利との関係でそれがどこまで上がるかという議論は、金融環境の循環という視点を踏まえれば、一部分にだけ焦点を当てたものだ。また、日本経済の長期的に潜在成長率を引き上げるという観点からは、これからどこまで政策金利が上がるかよりも、景気循環に沿ってそれが柔軟に動くかどうかがより重要なように思う。

著者の新著『「経済大国」から降りる ダイナミズムを取り戻すマクロ安定化政策』(日本経済新聞出版)