経済の底上げ、金融緩和だけでは限界
しかし、日本の場合、その原則と異なる考えが広まっているように感じる。実力からみて中立な経済活動が実現していても、もっと高い成長率を求める雰囲気が社会で強かった。よって、中立金利より低い政策金利を維持して、経済活動を刺激しようとしてきた面があるのではないだろうか。
例えば、「実質で2%の成長が実現できていないから緩和的な金融環境は維持されなければならない」、あるいは、「実質で2%の成長が実現できないのは2%のインフレ目標が実現できていないからであり、それが実現できるまで金融緩和を強化しなくてはならない」といった感覚が長らく支配的ではなかったか。
冷静に考えれば、金融緩和だけでマクロ経済の成長の実力を高めることには限界がある。しかし、現状が不振だという社会の感覚を背景に、政策金利は景気循環に沿って上下するものだということが長らく忘れられてきた。
もちろん、日本経済は様々な構造問題を抱えてきたので、金融環境は経済構造の変化を支えるものでなくてはならなかった。しかし、それは景気循環を通して平均的にということであり、金融環境の循環をなくしてしまっていいことには必ずしもならない。
というのも、マクロ経済の構造変化は景気循環の中で進むものであり、金融環境の循環がそれを促す面があると考えられるからだ。
例えば、中立金利以上に金利が上がる局面では、高い金利の下で不採算になるビジネスを手仕舞って、より高収益な分野へ経営資源を集中しようとする動きも起こるはずだ。また、そういう時には経済活動が活発になっているので、企業には設備や雇用に資金を投下する余地が生まれているはずだ。そんな時期こそ、次の成長のための仕込みをするだろう。
逆に中立金利より金利が下がっている局面では、それに助けられてまだ立ち上がり局面のビジネスを継続することができる。また、経済活動が停滞しているはずであるから、企業は売り上げが伸びない中で、設備や雇用について一層の選択と集中を図ろうとするだろう。
このように、景気循環に沿って金融環境も変わる中で、古いビジネスから新しいビジネスへと新陳多謝が進むのが、マクロ的にみれば経済構造の変化になる。こうした金融環境の循環をなくしてしまうと、ビジネスを変えていく企業のリスクテイクが抑制され、その結果、マクロ経済の構造変化も進まず、潜在成長率も上がらない。
経済の成長のために必要なイノベーションは、景気循環の中で育まれる。企業にとって、売り上げが好調な時期にこそ、すぐに売り上げに結び付かない研究開発的な支出を行う余裕が相対的に生まれる。もちろん、そこから生まれたイノベーションのアイディアがすぐにはビジネスになるとは限らない。