
トランプ政権の発足で米国と欧州の関係は急速に冷え込んでいる。防衛費の増額を求めるトランプ政権に対応するため、EU各国は防衛費の増大を迫られているが、EUは加盟国に対して厳格な財政運営ルールを課しており、防衛費の増大は簡単ではない。仮に増やすことができたとしても、沈静化しつつあるインフレを再燃させることになりかねない。果たして、EUはどのように対処するのだろうか。(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
ロシアとウクライナとの約3年にわたる戦争に関して、停戦ムードが高まっている。しかし停戦協議はロシアと米国との間で行われており、ウクライナと欧州連合(EU)は事実上、蚊帳の外に置かれている。
停戦協議がこの後、どのように転じていくか定かではないが、一方でEUは、防衛費の増額に当たってテクニカルな課題に直面している。
ここで、EU27カ国の防衛費の支出状況を確認してみたい(図表1)。2022年とやや古いデータになるが、EU27カ国の防衛費を合計すると、名目GDP(国内総生産)の1.1%に相当する。国別には、北大西洋条約機構(NATO)の東端であるギリシャをはじめ、バルト三国、ポーランドなど、ロシアに近い国々ほど防衛費の支出が多い。
【図表1 EU27カ国の防衛費(2022年)】

話を元に戻すと、EUは加盟国に対して、安定・成長協定(SGP)と呼ばれる厳格な財政運営ルールを課していることで知られる。その具体的な内容は、単年度財政赤字を名目GDPの3%以内に、公的債務残高を同60%以内に抑制するというものだ。とりわけEUが重視しているのが、歳出の削減を通じた単年度財政赤字目標の順守である。
EUは2024年以降、財政再建に向けた動きを強化している。背景には、2020年のコロナショック以降、加盟国の多くで巨額の財政赤字が定着していることがある。
一方でEUは、防衛費を積み増す必要にも迫られている。そのため、財政再建と防衛費の増額のバランスをどう取るかで、EUの執行部はこの間に様々な議論を重ねている。
現状、基本的に2つの手段が検討されているようだ。1つが、財政運営ルールの事実上の緩和である。2月3日にブリュッセルで開催された欧州理事会(EU首脳会議)の非公式会合の場で、EU首脳陣は今後の域内の防衛の在り方に関して議論したが、その際に、欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長が、その可能性に言及した。