創作は徹底的な観察から
人並外れた探求心。宮脇綾子の制作は、まずモノを徹底的に観察することから始まる。形や色だけでなく、個々のパーツや構造まで細かく観察。ふたつに割られた食材は数知れず。カボチャ、冬瓜、スイカ、タマネギ、ピーマン……。彼女は断面を「美しい」と感じ、その断面をアプリケの手法で表現していった。また野菜や果物だけでなく、魚介類もモチーフになった。

展覧会に《さしみを取ったあとのかれい》という作品が出品されている。刺身となる身が取り除かれ、骨が露わになったカレイをモチーフにしたものだが、作品に寂しさやグロテスクさは微塵もない。なんともユーモラスで、幸福感さえ伝わってくる。彼女の食材に対するあたたかな心とまなざしがそう思わせるのだろう。
使い古しの布に新たな命を吹き込む
彼女のあたたかな心とまなざしは、アプリケの材料となる布にも表れている。宮脇の結婚後、まもなくして戦争が始まり、戦中から戦後にかけてしばらくの間、貧しい生活が続いた。彼女の姑は、厳しい制約が信条。小さなハギレも捨てることなく、大切に保管していたという。

宮脇はそんなハギレも制作の材料に選んだ。使用後の石油ストーブの芯が魚の「メザシ」になり、近所の喫茶店からもらってきた使い古しの布製コーヒーフィルターは「スルメの干物」に生まれ変わった。彼女は著書『私の創作アップリケ 藍に魅せられて』のなかで「世の中に廃物なんか一つもない」と書いている。

会場の最後に展示された『縞魚型文様集』全22巻と『木綿縞乾柿型集』全15巻は、その圧倒的なボリュームに驚かされる。それぞれの画帖に魚と干柿がびっしりと貼り付けられているのだが、その数どちらも1万点。宮脇は新しく布が手に入るたびに、小さな魚と干柿をひとつずつ切り抜き、それが一定数集まると画帖に貼り付けていったという。
モチーフを愛し、材料となる布を愛し、こつこつと地道に制作を続けた宮脇綾子。その生涯を象徴しているともいえる作品に、鑑賞者の心が揺さぶられるのも当然だろう。
「生誕120年 宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った」
会期:開催中~2025年3月16日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
開館時間:10:00~18:00(毎週金曜日は〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、2月25日(火)(ただし2月24日(月・振休)、3月10日は開館)
お問い合わせ:03-3212-2485