医師の待遇改善が難しい理由
状況を打開するためには、専門医資格を持つ医師に十分な待遇を用意することも一つの方法だ。
そうした人件費の引き上げは医薬品の高額化などで難しいと言われることも踏まえて、病院のコストの内訳に目を通した。医療機関経営状況調査によると、病院の支出に占める医薬品、医療機器などの診療材料、給与費の比率は次のように変遷していた。
■2012年
医薬品10.8%
診療材料費7.9%
給与費56.4%
■2022年度
医薬品17.6%
診療材料10.9%
給与費52.4%
これを見ると一目瞭然だが、医薬品と診療材料の占めるコストの合計は2012年に18.7%だったが、22年には28.5%と10%も増えている。
前述の通り、医療費の増大の要因として高額医薬品の存在がこの10年ほど指摘されている。がん治療や循環器疾患などで新しい医療技術が導入され、病院のコストに占める薬や医療機器などのウエートが大きくなっているのだ。このような中で医療関係者の給与を増やそうとしても、なかなか難しいだろう。
医療機関も賃上げの流れはあるが、医師ばかりではなく、薬剤師(一般民間病院平均27万8028円)や看護師(同24万3343円)などの医師以外のスタッフの賃金が低く抑えられているので、医師優先というわけにいかない状況もある。
専門医だけではないかもしれないが、日本の医師育成の病巣を3点で示す。
【日本の専門医制度の問題1】
専門医が美容医療へ流入する現象。熟練の専門医が美容医療に魅力を感じて転向し、専門医制度の本来の目的が損なわれている可能性がある。特に心臓血管外科などの高度な専門性を持つ医師までもが美容医療に流れている事実は、国内の高度医療を担う専門医を確保する制度の矛盾を如実に表している。
【日本の専門医制度の問題2】
未熟な医師が美容医療に直行する「直美」の動きが拡大している現象。初期研修を終えたばかりの医師が専門医研修を受けずに美容医療に進むケースが増えている。美容医療が発展するならばよいが、こうした動きは医療トラブル発生リスクにつながるという指摘がある。専門医制度を通じて熟練された医療技術を持つ医師を育成しようという国の方針に逆行する形になっている。
【日本の専門医制度の問題3】
専門医の待遇改善が進まず、制度のコントロールにも隙が生じている現象。多くの専門医が経済的な理由から美容医療へと流れると見られ、専門医の待遇が不十分であることも反映していると見られる。さらに、国が専門医の育成と配分に関するコントロールを強化しているにもかかわらず、医師の美容医療への流入を制御できておらず、制度全体の有効性が損なわれている可能性がある。
これらの問題は、日本の医療システムの根幹に関わる重要な課題であり、早急な見直しと対策が求められる。
【参考文献】
◎ソウル大などの教授が週1回休診へ 定員増の政府方針に反発(朝鮮日報日本語版)
◎美容外科チェーン院長、専門医資格を独自調査、美容や形成にとどまらない多彩な専門医が支える構造、7つの美容医療チェーンを対象に調査(ヒフコNEWS)
◎美容医療医師「直美」の経歴とは?美容医療チェーン院長の独自調査、初期研修後すぐに美容クリニックに入職4人に1人も(ヒフコNEWS)
◎「大学での医療行為は教育であり大学病院で診療に従事する教員等以外の医師・歯科医師に対する処遇に関する調査」の公表について(文部科学省)
◎医療機関経営状況調査(日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会)
◎平成25年度病院経営調査報告(全日本病院協会)
◎美容医療トラブル、身を守るために必要な知識とは、日本医科大学の朝日林太郎氏に聞く、後半(ヒフコNEWS)
◎令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況(厚生労働省)
星 良孝(ほし・よしたか)
ステラ・メディックス代表取締役/編集者 獣医師
東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPにおいて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年に会社設立。獣医師。
ステラ・メディックス:専門分野特化型のコンテンツ創出を事業として、医療や健康、食品、美容、アニマルヘルスの領域の執筆・編集・審査監修をサポートしている。また、医療情報に関するエビデンスをまとめたSTELLANEWS.LIFEも運営している。
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