●なぜ、2025年なのか

 この仕組みは三者ともにメリットがあるがゆえに15年も維持されたのだが、この期に及んでもめているのはなぜだろうか。

 主たる理由は、ロシア・ウクライナ・ガス輸送契約が2024年末に失効し、延長の意思をウクライナが示していないことにある。

 モルドバ(沿ドニエストル分含む)はウクライナ領パイプラインでロシアからガス輸入しているため、輸送ルートを含めて再検討しなければならない。

 モルドバ側は、ガスプロムのガスを南回り、すなわちトルコ・ストリームを利用して、既存のトランス・バルカンパイプラインの逆利用(ブルガリア~ルーマニア)で輸入する案を提示している。

 この場合、天然ガスは、地理的に先に右岸(モルドバ)に達し、そののち沿ドニエストルに至るため、沿ドニエストルの天然ガス輸入は、名実ともにモルドバに握られてしまうことになる。

 モルドバ側が任意のタイミングで沿ドニエストルに対するガス栓を捻れるのだから、すっかりガス依存となっている沿ドニエストル経済はますます脆弱になり、再統合圧力に抗しきれなくなるかもしれない。

 一方、ロシアのウクライナ侵攻で2025年以降のガス輸送契約延長は微妙になり、沿ドニエストルへのガス支援は難しくなるというシナリオは早くから予測されていた。

 しかし、ロシア側は無策だった。

 しいて挙げれば、2024年秋のモルドバ大統領選挙で親ロシアの候補者を当選させようと画策したくらいだっただろうか。

 モルドバ・メディアの報道によれば、ロシア側は従来通りのウクライナ領経由、すなわち、ロシアはウクライナとは輸送契約を結ばないが、モルドバがウクライナと輸送契約を結ぶことを求めていると言われる。

 ただし、ウクライナがこの案に乗ってくれるかは全く不明である。

 本校執筆時点(12月22日)では、モルドバ、沿ドニエストル側ともに越年を覚悟し、各々が非常事態を宣言し、省エネ策を導入している。

 ロシアが今後も沿ドニエストルを守るために何らかの圧力や譲歩を行うのか。モルドバが沿ドニエストルに対する有利な立場を確保するために高いエネルギー価格に耐えて主張を突き通すのか、あるいは再び安い電力を求めてロシアと妥協するのか。

 また、ウクライナやEUはどのように関与するのか。現時点では想定が難しい。

 しかし、圧倒的に不利なのはロシア側である。なぜなら代替エネルギー供給源が全くないからだ。

 2014年前に発電所がウクライナから購入した石炭備蓄は50日分しかないと言われている。

 これを消費し尽くすと、モルドバ側が融通してくれない限り、沿ドニエストルの住民は真冬にガス欠とブラックアウトに見舞われることになる。

 一方で、モルドバは、安い電力がなくなり電気料金の引き上げが不可避となるから、サンドゥ政権の支持率が下がる。

 しかし、ルーマニア電力の輸入でブラックアウトは避けられるし、天然ガスについてもルーマニアやウクライナに備蓄がある上に前述したようにEU市場から調達可能である。

 ドニエストル川両岸のエネルギー危機の顛末は、ロシアとモルドバの意志の強さを測定する絶好の機会となろう。