広辞苑のような分厚い冊子にあったのは…

 どうやら、このあたりのオフィスをめぐっている行商人のようだった。取り扱っている商品は図鑑や書籍。中国共産党や中国政府の要人一覧表をはじめ、外国メディアが好みそうなものが少なくない。男が手に持っていた、広辞苑のような分厚い冊子が目にとまった。

 タイトルは「中国統計年鑑2020」。中国の国家統計局が毎年発行しているもののようだ。

男から買った「中国統計年鑑2020」

 驚いた。中国といえば、「よらしむべし、知らしむべからず(為政者は人民を従わせるだけで、その理由を説明する必要はない)」の情報統制国家というイメージがあったからだ。こんな精緻な統計を公表していたのか。

「統計年鑑」は厚さ約5cm、935頁にわたり、人口動態、国民経済、雇用、物価、財政、貿易、農業、工業、環境、教育、医療、社会保障など分野ごとに膨大な数値が2mmほどの小さな文字でびっしりと記されていた。

 値段は588元(約1万1760円)と、ちょっと高かったが、迷わず買うことにした。男は代金を受け取ると、笑顔を浮かべて去っていった。

 ページをめくる。そうか、この国はそもそも世界最古の官僚国家だ。古代から統計記録を大事にしてきた面もある。これだけの統計をまとめられる背景には、基となるデータが各省や地域ごとに存在しているに違いない。それならば、新疆ウイグル自治区のことも…と思い至った。

「新冷戦」とも呼ばれる米中対立を背景に、アメリカ政府は新疆ウイグル自治区で「ジェノサイド(民族大量虐殺)」が行われていると指弾。2020年6月には、ドイツ人研究者が新疆で少数民族ウイグル族などへの強制的な不妊手術が行われているとする報告書を公表し、欧米メディアも相次いで人権弾圧について報道していた。

 これに対して中国政府は「人権弾圧は、中国を封じ込めるための西側のデマ」と猛反発し、報道に対しても「いわゆる報道の自由という名目で偽ニュースをでっち上げ、中国を中傷し攻撃することには断固反対だ」(華春瑩・外務省報道局長=当時)という主張を繰り返してきた。

 私は中国に赴任する前、日本で暮らすウイグル出身の人々に会って、新疆にいる親族たちの状況を聞いていた。その内容は思っていた以上に厳しく、深刻だった。当局が否定できない証拠を突き付けるにはどうしたらいいか。