人々がセックスに走る理由

 それは生命が単細胞だった時代にさかのぼる。

 地球が誕生したのは46億年前。最初の生命は38億年前に単細胞生物として生まれた。

 その生物に雌雄はなく、細胞分裂で遺伝子をコピーしながら増殖したため、元の個体と同じ性質の個体が増えるだけのものであった。

 だが、すべて個体が同じということは、環境が変われば全滅してしまう危険性もある。

 多細胞生物が誕生したのは単細胞生物が誕生して28億年が経過した、今から10億年前のことである。

 性的戦略は個人によって異なるものの、人間の求愛、性愛、結婚には、時間、選択、進化の産物として刻み込まれた無数のデザインがある。

 生命の起源に関する科学的理論の最初の提唱者で遺伝学者のジョン・バードン・サンダースン・ホールデンは次のように語っている。

「神は人間の交尾する姿を愛でている。なぜなら、人の他の行動において、これほど複雑で、これほど微妙で、これほど広範囲にわたるものは存在しないのだから」

 男性と女性は求愛範囲内に入ると、生殖戦略は動き出す。

 出会った瞬間、相手を好きになる一目惚れは、動物にとって重要な適応機能の一つである。

 交尾期の雌は繁殖する絶好の機会。もし、健康な雄を見つけたら、自分にふさわしいかを見極め、交尾のチャンスをつかむ必要がある。

 一目惚れは交尾のプロセスを促進するために進化した、多くの生物の天資である。

 視線は、人間の求愛策略で最も恣意的な言語的伝達手段といえる。

 男性も女性も、約2~3秒間、潜在的な性的パートナーをじっと見つめる時、瞳孔は拡張する。

 これは相手に興味があるというサインの現れだ。

 アイコンタクトは人間の脳の原始的な部分を刺激すると、素早くぎくしゃくした動きで眉を上げたり、目を大きく開いて見返したり、まぶたを下げ、頭を下に傾けて横に向け、目をそらす。

 そして耳たぶを引っ張ったり、あくびをしたり、眼鏡をいじったり、あるいは他の意味のない動きをしながら、自分を見据えている人の視線を無視して目をそらしドアの方へ行くか、応じて微笑んで会話を始めるか、つまりこの誘いに近づくか退くかを判断する。

 相手に興味があれば微笑む、見つめる、頭を傾け、恥ずかしそうに見上げ、上唇をなめ、顔を赤らめる・・・。

 こうした仕草は、東京の酒場だけでなくアマゾンのジャングル、パリのサロンなど、全く異なる場所でもヒトは同じ一連の動きをするのだ。 

 ヒューマン・エソロジーの生みの親でオーストリアの動物行動学者イレネウス・アイブル・アイベスフェルトによれば、こうした累次の仕草は生来のものだという。

 性的な関心を示すために何億年も前に進化した求愛の策略で、ヒトとサルが人類の進化の樹から分岐しても、求愛の類似性は残っているそうだ。

 人類学者でミシガン大学教授バーバラ・スマッツは、その著書『Sex and Friendship in Baboons ヒヒの性と友情(Evolutionary Foundations of Human Behavior Series:人間行動の進化的基礎シリーズ)』にて、ケニアでヒヒの求愛を観察した時、その仕草は人間の求愛とほぼ同じだったと綴っている。

 ある晩、ヒヒの雌が5メートルほど離れた若い雄が自分を見つめているのに気づくと、雄のヒヒはすぐに目をそらした。

 そこで雌は雄が振り向いて彼女を見るまで、雌は雄を見つめた。

 やがて雄は雌に視線の返しをすると、耳を頭に押し当て、まぶたを細めて、唇を鳴らすと、2匹は長い間、互いに見つめ合い、雄は雌に近づくと交尾を始めたという。