「一条天皇が彰子に同情した」という秀逸なストーリー展開
そして、道長の思惑通りに彰子が中宮となり、状況は整った。あとは彰子に一条天皇の子を産んでもらわなければならないのだが、見上愛演じる彰子のオーラから、これはなかなか難航しそうだなと、多くの視聴者が思ったことだろう。
『紫式部日記』に「あまりものづつみせさせ給へる御心」(あまりにも控えめな性格)とあるように、彰子は実際も引っ込み思案な性格だったらしい。定子が聡明で明るい女性だっただけに、周囲も彰子の鬱々とした様子には「それでは、一条天皇に気に入られないのでは……」とさぞ気を揉んだことだろう。
当サイトの過去記事(『光る君へ』今後のキーパーソンは藤原彰子、「おとなしい道長の娘」の意外な変貌ぶりとは?/2024年7月13日公開)でも紹介した通り、平安後期の歴史物語である『栄花物語』には、「一条天皇が得意な笛を披露しても、彰子はそっぽを向いてしまった」という逸話が記されている。今回の放送で映像化されることとなったが、予想していたよりもはるかに空気が悪かった。
一条天皇が「今日はそなたに朕の笛を聴かせたい」といって演奏を始めるも、こっちのほうを見ない彰子に「そなたはなぜ朕を見ないのだ。こちらを向いて聴いておくれ」と言うと、押し黙る彰子。見かねたのは、彰子の教育係である凰稀(おうき)かなめ演じる赤染衛門(あかぞめえもん)だ。「女御様、お答えを」と促すと、彰子はこう言い放った。
「笛は聞くもので、見るものではございません」
このセリフ自体は『栄花物語』にも「笛は聴くものでございましょう」と彰子が言ったと記載されているが、ドラマでも相当気まずい雰囲気が流れた。
彰子の思わぬ返答に一条天皇は「これはやられてしまったな……」と応じながら「彰子、そなたは中宮になりたいのか? 左大臣はそなたが中宮になることを望んでいる。そなたはどうなのだ?」と尋ねてコミュニケーションを取ろうとするも、彰子は「仰せのままに」と言うのみ。
一条天皇が「誰の仰せのまま、だ?」と重ねて質問しても「仰せのままに」と繰り返している。赤染衛門は「やってしまった」という表情で目を瞑った。一条天皇と関係を深めるどころか会話すら成立しないような有り様に、「ここからどうやって距離を縮められるのか」と、不安に思ったのは私だけではないだろう。
だが、意外にも一条天皇は彰子の「暗すぎる対応」が心に残ったらしい。こんなことを言っている。
「彰子には己というものがない。少し可哀そうになった。朕も女院様の言いなりで育ったゆえ……」
「女院様」とは、母の詮子のことだ。今回のドラマでは、頼りない姿ばかりが強調されている一条天皇だが、このような優しさを持つ人柄であることはよく描写されているように思う。
前回の放送では、一条天皇が母に自身のことについて「母上の操り人形でした」と思いをぶつけたばかり。ここまで母との関係を丁寧に描いてきたからこそ、彰子に自身を重ねて、ふびんに思う一条天皇のセリフが効いてくる。
周囲もドン引きする彰子の「塩対応」が、かえって一条天皇の心をつかんだというストーリー展開は秀逸だ。今後、一条天皇は定子とはまた違った形で、彰子との関係を作っていくことだろう。