稲盛和夫、その求心力の源

 稲盛さんは、子供の頃からリーダーシップもあるガキ大将でしたが、自分の“子分たち”の気持ちがいつも揺れ動いていることも知っていました。昨日まで仲よく遊んでいた仲間が急に来なくなり、寂しい思いもよくしたので、「仲間が離れていかないか、いつも心配していた」と率直に話しています。

 もともと寂しがり屋でもある稲盛さんは、仲間が離れていくことが本当に嫌だったので、自分のおやつを仲間に分けてあげたり、遊ぶときは不満が出ないように、できるだけ公平に役割を決めたりと、自分のグループを守るための気配りを欠かさなかったそうです。

 そのような原体験もあり、稲盛さんは、京セラ創業当初より社員の気持ちが移ろいやすいことをよく理解し、それを前提として、どうしたら求心力を高め、維持できるか、いつも細心の注意を払っていたのです。

 あるとき、こんなことがありました。

 幹部社員とのコンパがあり、稲盛さんはカラオケを歌ったり、冗談を言ったりして、とても楽しそうにしていました。帰りの車の中で「今日のコンパは盛り上がって楽しかったですね」と私が聞くと、「いや、俺はみんなに気を遣ってしんどかった」と答え、続けて、「社員の気持ちが自分から離れて求心力がなくなったら、俺はただのおっさんだから」と語ったのです。

 その数年前にも同じようなことがありました。

 京セラ海外子会社の外国籍の幹部たちと食事に行くことになっていたのですが、その日はとても疲れているように見えました。私が「無理はしなくていいのではないですか」と伝えると、「いや、そうしないと求心力は保てないから」と言われました。

 誰よりも求心力のあるカリスマ経営者と評価されていた稲盛さんがそんなことを言うので、私は意外に感じました。しかし、逆に言えば、いつまでもそのような気遣いができるから求心力を維持できたのかもしれません。

 たとえ稲盛さんであろうと、それを忘れ、少しでも偉ぶり傲慢に振る舞っていたら、強い求心力もあっという間になくなってしまったでしょう。そのことを誰よりも、稲盛さん自身が分かっていたのだと思います。

 稲盛さんは、リーダーに最も大事なことは強い求心力だといつも話していました。それは、いつまでもこの人についていきたいと「惚れられる」ほどの求心力でなくてはならず、「経営者は求心力に始まって、求心力で終わる」とも強調していました。

 いくら才能あふれる人が経営トップになっても、人望もなく、裏では軽蔑され嫌われていたら、何を言っても部下は本気にはなってくれません。夢あふれるビジョンを示し、それを達成するために考え抜かれた戦略を立てても、リーダーに求心力がなければ誰からの協力を得ることもできず、絵に描いた餅で終わってしまうのです。