映画『八犬伝』イオンシネマオリジナル商品「カードステッカーセット」

(歴史家:乃至政彦)

好調なすべり出しの映画『八犬伝』

 10月25〜27日の週末興収ランキングで映画『八犬伝』が初登場首位のスタートを果たした。興行収入も1億6800万円と、とても順調な滑りだしなようだ。

 ただし本作は、曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)のファンタジー戦国小説『南総里見八犬伝(なんそう・さとみ・はっけんでん)』を映画化したものではなく、馬琴そのものを主人公にした江戸時代小説『八犬伝』である。

 とはいえ、馬琴の『南総里見八犬伝』のことを何ひとつ知らなくても問題ない。

 むしろ知らない人にこそ、見てほしい。これを見れば、日本人が「教養」として頭に入れておくべき要点と、あらすじがすっと頭に入ってくる見事な作りをしているからだ。

主人公・馬琴のドラマ

 原作者は時代小説で一世を風靡した山田風太郎で、本作の主人公は馬琴である。有名な小説家が日本随一の小説家を主人公にするだけあって、原作『八犬伝』では『南総里見八犬伝』への作品愛と馬琴を主人公とすることで刺激が強まる創作論が綴られている。

 しかもその構造はすこし複雑で、ファンタジーの作品世界と、リアルの馬琴が同時進行し、平凡な小説家ならまず取らない特殊で複雑な作りとなっている。山田風太郎以外がやったら、このような作りで読みやすい作品に仕上げることは、ほぼ不可能なのではないかとすら思える奇跡的な小説であった。

 映画『八犬伝』もそのベースは原作に忠実なのだが、映像化するにあたって原作どおり複雑さがなにもなく、戦国シーンは、派手なアクションとファンタジーが(ここまでやってしまって、予算は大丈夫だったのかと心配するぐらい)活き活きと描かれており、江戸時代シーンもそちらにまったく押されることなく、老年の馬琴が実生活と創作のあいだを生きていく様子が丁寧に描かれている。

 わたしは戦国時代をテーマとする著作や講演で生計を立てているので、この映画では知人も出演した戦国シーンを見て、それをメインで語るつもりで劇場に足を運んだ。

 正直、江戸時代パートは、あまり期待していなかった。するとタイトル通り『南総里見八犬伝』ではなく、本当に『八犬伝』の内容で、しかもどちらのパートも思いのほか面白かったので、ビックリした。

 まさに「いい意味で期待を破ってくれる時代劇映画」だったのである。