繁殖と寿命の間に成立する驚くべきトレードオフ
サイズと寿命に関係があるとすれば、サイズすなわち成長に関わる物質と寿命にも関係があるのではないか。たとえば、すくすくと順調に成長するほど、結果的に寿命が短くなる可能性はあるのだろうか。
「成長に関わる物質は、成長ホルモン(GH)、インスリン様成長因子(インスリン/IGF-1)、mTOR(エムトア)の3つがあります。まず体を成長させ大きくする直接の要因は成長ホルモンです。この成長ホルモンのシグナルを細胞に運び成長を促す情報を伝えるのがIGF-1で、伝えられた情報を細胞内で伝える酵素がmTORです。これらの物質を制御する遺伝子の活動を何らかの方法で抑えると、寿命が延びることが分かっています」
実際にマウスでは、成長ホルモンに関係する遺伝子をノックアウト(破壊)すると寿命が延びる。逆にいえば同じ種内では成長ホルモンがたくさん出る、つまり大きくなるほど短命になるということだ。ではヒトではどうなのか。
「興味深い調査結果があります。米・南カリフォルニア大学のヴォルター・ロンゴ(Valter Longo)博士が、エクアドルのアンデス地域に特有のラロン型低身長症の人たちを対象に行った22年間の調査報告です*1。ラロン型低身長症の人たちは、成長ホルモン受容体遺伝子の変異によって、本来なら成長ホルモンにより分泌を促されるIGF-1が出ないのです。そのため低身長のままで生涯を過ごします。となると、この人たちは長寿なのかと調べたところ、特にそのようなことはありませんでした。けれども、糖尿病とがんなどの老化と関係がある病気の発生率は明らかに低かったのです」
成長と寿命の関係は、ヒトに関してはまだ謎が多いようだ。けれども、もう一点、寿命に関わる重要なライフイベントがあると伊藤氏は説明する。繁殖である。
「たとえば線虫の生殖腺を削除すると、寿命が延びます。マウスでも生殖を抑制すると寿命が延びる傾向があり、イヌも去勢したほうが長生きします。去勢といえば、かつて宦官と呼ばれる人たちがいました。宦官たちは長生きだったという論文が韓国で出されています」
サイズと老化だけではなく、繁殖と老化にもトレードオフが成り立つ。そもそも生物とは繁殖するために生きているともいえる。したがって成長して繁殖を済ませてしまえば、それ以上長生きする必要はない、ということかもしれない。
*1:Growth Hormone Receptor Deficiency Is Associated with a Major Reduction in Pro-Aging Signaling, Cancer, and Diabetes in Humans