賃上げは市場原理に委ねるべきではないか

 日本の場合、確かに最低賃金が低過ぎるかもしれない。だからといって、企業が稼ぎ出した付加価値以上に、賃上げをすることはできない。まずは企業が稼ぎ出す付加価値を増やすとともに、そのうえで賃上げを実現しなければ、経済の好循環は描けない。だが、与野党ともに、とにかく賃上げの実現を優先するような姿勢を貫いている。

 東京都の最低賃金は10月より1163円となっている。これをあと5年のうちに1500円まで引き上げるなら、東京でさえ毎年6%近い賃上げが必要となる。物価上昇を上回る賃上げムードを醸成することは大切だが、企業が毎年6%ずつ付加価値を増やすことは至難の業であり非現実的だ。非現実的な公約を掲げること自体、無責任の極みだ。

1500円以上の最低賃金引き上げを目指す立憲民主党(写真:西村尚己/アフロ)1500円以上の最低賃金引き上げを目指す立憲民主党(写真:西村尚己/アフロ)

 賃上げはされるべきだが、基本は労働需給が反映された水準でなければならない。政治はそのサポートに徹するべきであり、本来なら非現実的な公約を掲げてはならない。それでも、日本で最低賃金を年間6%引き上げるようなことが義務化されれば、賃上げに耐え切れず、ドイツのように雇用を整理する企業が増えることになる。

 そもそも1500円の最低賃金が実現するとして、日本はその対価として、激しい悪性インフレを経験すると懸念される。実質所得は増えるどころか、むしろ減ってしまうことになるだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。