サーカス団員だったヴァラドン
ベル・エポックの時代には芸術の分野でも女性が優れた才能を発揮し、目覚ましい活躍を見せている。その中から、2人の女性をピックアップして紹介したい。女性画家がほんの一握りしかいなかった美術界で精力的に作品を発表した画家シュザンヌ・ヴァラドンと、パリだけでなくイギリスやアメリカでも活躍し舞台芸術の分野で伝説的な女優になったサラ・ベルナールだ。
シュザンヌ・ヴァラドンは画家よりも、「ユトリロの母親」「ルノワールの絵のモデル」として知られているように思う。ヴァラドンは1865年、当時最下層の職業といわれた洗濯婦の私生児として生まれ、パリの労働者階級が住むモンマルトルで育った。14歳でサーカスの空中ブランコ乗りになるが、ブランコから落下し怪我を負う。復帰はかなわず、生活のためにやむなくモデルに転向した。
個性的な美貌と肉感的な身体の持ち主だったヴァラドンは、たちまち売れっ子のモデルに。シャヴァンヌ、ルノワール、ロートレックら、名だたる画家たちが彼女をモデルに作品を制作した。ルノワールの代表作のひとつとして名高い《ブージヴァルのダンス》や、ロートレック《二日酔い》など数々の名画に彼女の姿を見ることができる。
画家として成功をつかむ
もともと絵を描くのが好きだったヴァラドンはモデルを務めながら、画家たちの技法を吸収したのだろう。彼女の画力は急速に高まっていく。その腕前に感嘆したのが、画家エドガー・ドガ。ヴァラドンに絵の手ほどきをするようになり、油彩のほか、エッチングやドライポイントの技法も指導した。彼女の作品はサロンに出品するレベルに達し、1895年には画商アンブロワーズ・ヴォラールの画廊で初めての個展が開催されている。
今回の「ベル・エポック」展では、ヴァラドンの作品3点が鑑賞できる。黒チョークとパステルによる《座る二人の女性》、エッチング《ベッドにもたれる裸のルイーズ》、油彩画《フルーツ鉢》。いずれも様々な画材を自分のものとして巧みに扱う、彼女の技術力の高さが感じられる名品だ。特に《フルーツ鉢》は強い色彩と明確な輪郭線、平面的な筆致が前衛的な雰囲気を感じさせ、心にぐっと踏み込んでくる。美術学校に通わず、恵まれた教育を受けずとも才能を開花させられると証明したヴァラドン。その点でもヴァラドンは、新しい時代を切り開いた画家といえる。