榎本裕一、川村喜一、倉科光子、ふるさかはるか、ミロコマチコ。自然に深く関わりながら制作を続ける現代作家5人を紹介する展覧会「大地に耳をすます 気配と手ざわり」が東京都美術館で開幕した。

文=川岸 徹

ミロコマチコ《光のざわめき》2022年 アクリル・紙コラージュ、木製パネル 作家蔵 Photo: Yuichiro Tamura

生き抜く力を持っているか?

 2011年7月、ノルウェーのウトヤ島で銃乱射事件が発生した。10~20代を中心に約600人が滞在するサマーキャンプが襲われ、犯人は2時間以上にわたって逃げる若者たちを追い回した。69名が亡くなった。ノルウェーでは第二次世界大戦以降に起きた最悪の惨事といわれている。

「悲しい事件でした。北欧の遊牧民であるサーミの友人がいるのですが、その事件の中で、サーミの若者は誰も死ななかったと話していました。彼らは森の中に逃げ込み、自然の中で身を守る術を知っていたためだからと聞きました」。本展の参加作家・ふるさかはるかはそう教えてくれた。

 今、人間に求められているのは本当の意味での「生きる力」だろう。地球温暖化は止まらず、大規模災害が相次いで発生するなど問題が山積みなところに、新型コロナウイルスが流行。海外では戦争が始まり、終結は見えてこない。自分もいつ、生きるか死ぬかの状況に放り出されるかわからない。

 そんな時に、何があっても、どこにいても、生きていける力はあるだろうか? 生き抜くためのアイデアを出せる知力、いざという時に自分で食料を確保できる体力、何事にもへこたれない精神力。iPhoneや電子機器が使えなくなっても、生き延びられるだろうか。正直、自信がない。

 

美しい自然は同時に過酷でもある

 東京都美術館で開幕した「大地に耳をすます 気配と手ざわり」展。自然に深く関り創作活動を続ける5人の現代作家を紹介する。

川村喜一《2018.1121.1043》2018年 写真 作家蔵

 写真家・川村喜一は2017年に「自然と表現、生命と生活」を学び直すため、北海道・知床に移住した。美しい風景を求めて北海道を活動の拠点に選ぶ写真家は多いが、川村の場合はそうではない。川村は「単なるネイチャーフォトではなく、生活者の視点で写真を撮りたかった」と話す。

 アイヌ犬“ウパシ”と暮らし、狩猟免許も取得した。知床の生活者となって撮影した写真には、ありのままの知床が写し出されている。狩猟の跡だろうか、一面の雪の上に点々としたたる血。「ここでは助け合うことの尊さと、獲って食われることの儚さが共存する地平に生きていると感じられます。作物を狙うヒグマと、畑を守る農家さんと、子供を守るヒグマと、子供の登下校を見守る人々の暮らしが、それぞれの切実さをもって拮抗し、善し悪しでは言いくるめられない均衡のなかで、日々が取り繕われています」

榎本裕一《無題(沼と木立)》2022年 油彩・シルクスクリーン、カンヴァス 作家蔵

 榎本裕一は北海道・根室の冬に魅了された。一見すると抽象のような油彩画は、白と黒が際立っている。雪は透き通ったように白いが、冬の森は暗く、黒い。目を凝らすと、ぼんやりと淡く風景が浮かび上がってくる。暗い森の中に生命の気配を感じる。