小さな生き物をかたどった工芸品や絵画、書跡などを紹介する展覧会「いきもの賞玩」が開幕。伊藤若冲の最高傑作として知られる国宝《動植綵絵》から二幅が公開される。

文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部

国宝《動植綵絵 芦鵞図》伊藤若冲 江戸時代(18世紀)皇居三の丸尚蔵館収蔵 【展示期間:7/9~8/4】

子供連れ歓迎、夏休みにぜひ

 皇室に代々受け継がれた品々の保存・調査・研究を目的に、1993年に開館した宮内庁三の丸尚蔵館。昨年11月には展示空間などを大幅に拡大し、「皇居三の丸尚蔵館」と名称を変えてリニューアルオープン。今年6月まで、開館記念展「皇室のみやび─受け継ぐ美─」を開催してきた。約8か月間、4期にわたって披露された品々には国宝や重要文化財が多く含まれ、その雅なる美しさに「さすが皇室。いいものをお持ちだなあ」と、改めて感嘆した人も多いだろう。

 そんな開館記念展を経て、皇居三の丸尚蔵館は最初の企画展に“いきもの”というテーマを選んだ。「水の中の魚、叢に潜む昆虫、野山を駆け回る小動物。私たちの身近な場所には生命を宿した大小さまざまな生き物がいて、それらは古くから絵画に描かれ、置物や実用品として造形化されてきた。そうした作品から生きとし生けるものの力強さや愛らしさとともに、命の等しさと尊さに思いを巡らせていただければ幸い」。さらに夏休みの時期であることから、「お子さん連れの方々にも楽しんでいただきたい」と同館の島谷弘幸館長は話す。

 

生き物の絵といえば、やはり若冲

 7月9日に開幕した「いきもの賞玩」展。皇居三の丸尚蔵館で“いきもの”とくれば、やはりあの作品は外せない。伊藤若冲が約十年をかけて完成させた三十幅の連作《動植綵絵》だ。

《動植綵絵》は文字通り、動植物をモチーフにした彩色の絵。花鳥画といえば花鳥画なのだが、中国に端を発する伝統的な花鳥画とは趣がまったく違う。ひとつの画面に13羽の鶏を密に詰め込んだり、色とりどりの魚で画面を埋め尽くしたり。かと思えば、孔雀や鵞鳥を1羽どーんとアップでとらえたり。奇想天外、自由奔放に展開する生き物の楽園。花鳥画というより、唯一無二の若冲ワールドといったほうがしっくりとくる。

 さて、今回の展覧会には《動植綵絵》全三十幅の中からいったい何が出品されるのか? 皇居三の丸尚蔵館が選んだのは《芦鵞図》(前期:公開中~8月4日)と《池辺群虫図》(後期:8月6日~9月1日)の2点。なんとも渋く、通好みなセレクト。

 もし、動植綵絵人気ランキングというものがあったなら、《群鶏図》を筆頭にニワトリを題材にした絵が上位を占めるだろう。《芦鵞図》と《池辺群虫図》は中ほどくらいの順位か。とはいえ、この2点はニワトリに負けず劣らず、見どころが豊富。若冲の卓越した画力とチャレンジ精神がいかんなく発揮された名品といえる。

《芦鵞図》は色彩あふれる《動植綵絵》の中で異色ともいえる一枚。背景は冬枯れした芦の群生。若冲は芦の葉の寂しげな表情を墨一色で表現しており、その萎え具合がおどろおどろしい。そんな色のない空間に、ただ一羽、大きく描かれた純白の鵞鳥。その白さは墨との対比で、より一層輝いて見える。

 若冲の卓越した画力を知るには、鵞鳥の羽根に目を凝らしたい。若冲は画面裏側に黄土色を塗り込め、表面から白い線を重ねるように彩色。この技法により、羽根に立体感が生まれ、金色に輝いて見えるという効果が生まれた。この細部のこだわりこそ、若冲が若冲たる所以だ。

 同じく若冲の《池辺群虫図》には、蛙、蛇、蜘蛛、蛾、蝶、蟻、ミミズ、ゲジゲジなど、60種以上の小さな生き物が描かれている。虫嫌いの人はちょっと苦手かも、と思えるほど描写が緻密。だが構図は現実性に乏しく、真横と真上からの視点と水中と水上からの視点が混在している。これがなんとも奇妙で不思議な味わい。鑑賞者は困惑しながら、若冲の世界に引き込まれていく。