精神性の深い静かなたたずまいの人物像で知られる彫刻家・舟越桂。開館55周年を迎えた彫刻の森美術館にて個展「舟越桂 森へ行く日」が開幕した。

文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部

《樹の⽔の⾳》2019年 西村画廊蔵 Photo: 今井智己 © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery ※この写真は所蔵者の許可を得て撮影しています、実際の展示風景と異なります。

追悼展ではなく、最後の個展

 今年3月29日、彫刻家の舟越桂さんが肺がんのため72歳で亡くなった。戦後日本を代表する具象彫刻家・舟越保武を父に持ち、自身も幼少期より彫刻家を志す。数々の名作を世に送り出し、天童荒太の小説『永遠の仔』をはじめ、書籍の表紙にも多々、舟越の作品が用いられている。

「舟越桂 森へ行く日」展示風景。右《砂と街と》1986年 個人蔵 書籍『永遠の仔』のカバーに掲載された作品

 舟越の逝去から約4か月が経過した7月26日、彫刻の森美術館にて展覧会「舟越桂 森へ行く日」が開幕した。時期的に追悼展と思われるがそうではない。開催の経緯を簡単に伝えておきたい。

⾈越桂

 日本で初めての野外彫刻美術館である箱根・彫刻の森美術館。2024年に開館55周年を迎えることを記念し、舟越桂展を企画した。昨年3月にオファーを入れ、舟越とミーティングを開始。

 舟越は病を抱えながらも、昨年8月に彫刻の森美術館を訪ねた。ブロンズ像の設置場所に選んだのは、木々に囲まれた池のほとり。しかし、そのブロンズ像が完成することはなかった。展覧会の企画は一度白紙に戻すべきか。彫刻の森美術館はそんなことも考えたというが、舟越の遺族から「できる限り当初のコンセプトを貫いた展覧会にしてください」との申し出があったという。

 こうして追悼展という形式ではなく、最初のプランに沿って開催されることになった「舟越桂 森へ行く日」展。生涯を通じて人間とは何かを問い続けた舟越桂の作品の変遷とその創作の源になる視線を探求していく。

 

世田谷のアトリエが箱根の森へ

「舟越桂 森へ行く日」展示風景

 展覧会の冒頭、最初の展示室に東京・世田谷区にある舟越のアトリエが再現されている。本展を担当する黒河内卓郎主任学芸員は、「舟越さんのアトリエを訪ねた時、子供の秘密基地のようなスタジオだと感じた。木のにおいも心地いい。展覧会では来場者にその空気感を感じてもらいたいなと。アトリエの一部を再現することにしたんです」と話す。

 アトリエには彫刻《妻の肖像》(1979-80年)が置かれている。モデルは27歳の時に結婚した妻。木彫半身像としては第一作目にあたり、代表作のひとつとしても知られているが、舟越はこの作品を手放すことなくアトリエに大切に飾っていた。

 再現されたアトリエの近くには「立てかけ風景画」が展示されている。病室の窓から見える雲にインスピレーションを受け、ティッシュペーパーの箱に鉛筆で描いた幻想的な風景画。舟越はこれを繰り返し描き、食事で出されるヨーグルトのカップで台座を作り、その台座に絵を立てかけて眺めていたという。