スフィンクスが生まれた理由

「舟越桂 森へ行く日」展示風景。中央《遠い手のスフィンクス》2006年 高橋龍太郎コレクション蔵

 舟越は1982年にギャラリー・オカベで初個展を開催。初期は日常性を感じさせる素朴な胸像を制作していたが、時代の変動を受けて様々な変容を遂げていった。90年代から2000年代にかけて、異形の人物像を制作するようになり、2004年には「スフィンクス・シリーズ」の制作を開始。古代神話に登場する怪物スフィンクスをモチーフに、両性具有・半人半獣の身体によって人間がもつ多面性を表現している。

 舟越は生前、こう話していた。「日々、世界で起こる戦争や紛争には怒りや憤りを感じます。しかし人にはそれぞれ役割があり、自分は怒りや悲しみをぶちまけるのではなく、人間の存在を肯定していきたいのです」。

「舟越桂 森へ行く日」展示風景。右《戦争をみるスフィンクスII》2006年 個人蔵 左《DR1002》2008年 J.Suzuki蔵

 その言葉通り、舟越は人間の存在を冷静なまなざしで見つめながら、静かな人物像をつくり続けてきた。だが、《戦争をみるスフィンクスII》(2006年)では、激しい感情が表面にあらわれている。舟越の作品としては珍しい作例。2003年に勃発したイラク戦争に対する怒りと嘆きを示したものだという。

「舟越桂 森へ行く日」展示風景 左《樹の水の音》2019年 西村画廊蔵 右《青の書》2017年 作家蔵

 近年の作品では、《樹の水の音》(2019年)が印象深い。クスノキを素材に大理石の目をはめ込んだ静謐な半身像。舟越の作風の特徴がよく表れた作品だが、顔の表情が言葉にはしにくい不思議な魅力をたたえている。この人物はどこを見ているのか、何を見ているのか。遠くを見ているのか、それとも自身の内面を見つめているのか。すべてを悟り切り達観しているようでもあるし、心にうずまくすべての感情を抑え込んでいるようにも感じる。

 舟越が残した創作メモを紹介する。「遠い目の人がいる。自分の中を見つめているような遠い目をしている人がときどきいる。もっとも遠いものとは、自分自身なのかもしれない。世界を知ることとは、自分自身を知ることという一節を思い出す」。

 

名作絵本『おもちゃのいいわけ』の部屋

[増補新版]おもちゃのいいわけ 舟越桂著(現代企画室刊)

 展覧会会場には、「『おもちゃのいいわけ』のための部屋」と名付けられた小さな展示室が用意されている。『おもちゃのいいわけ』は舟越が家族のために木っ端で作ったたくさんのおもちゃを集め、絵本のように仕上げた作品集。1997年に出版され名作として長く親しまれてきたが、本展の開催に合わせて増補新版が刊行されることになった。新版には舟越が気に入っていた4作品が新たに加えられている。

左《あの頃のボールをうら返した。》2019年 Photo: 今井智己
右《立ったまま寝ないの!ピノッキオ!!》 2007年 Photo: 今井智己

 「木っ端の家」「クラシックカー」「立ったまま寝ないの!ピノッキオ‼」「あの頃のボールをうら返した。」。展示室には本のなかから選ばれた、おもちゃが並べられている。こんなおもちゃがある家って、どんなに素敵だろう。舟越桂はあったかい人だったんだなあと、改めて思う。