文:渡辺 慎太郎
完全BEV化は見直し?
メルセデス・ベンツはほぼ毎年、“ワークショップ”を開催しています。お題はデザインであったり安全性であったりとさまざまで、2024年の今年はパワートレインと未来へのイノベーションに関するテーマで、2日間に渡って行われました。
実はメルセデスは以前、“アンビション2039”という中長期戦略を発表、「2039年までに市場の準備が整っていれば、すべてのモデルをBEVにする用意がある」「今後発表するアーキテクチャはBEV専用のみとする」「新規のエンジン開発は行わない」などがこれに含まれていました。ところが昨年、“コンセプトCLAクラス”をお披露目した際に、「この新しいアーキテクチャはBEVのみならず内燃機にも対応可能」と公言し、「すでに戦略変更を余儀なくされたのか」とちょっとした話題になりました。
メルセデスにしてみれば、「時代のニーズに臨機応変に対応した」ということなのでしょうが、それくらい自動車業界の近未来の予想は立てづらくなっているのも事実です。そして今回のパワートレインのワークショップでは、来年にも登場が噂されている新型CLAに搭載されるBEV用と電動化内燃機のふたつがお披露目されました。
ハイブリッド車のためのエンジンとトランスミッションも開発していた
1496ccの新型エンジンは直列4気筒ターボですが、これにモーターを組み合わせたハイブリッド機構となっています。モーターは8速のDCT(ダブル・クラッチ・トランスミッション)内に配置されているので、トランスミッションも新規開発。
つまり「新しいエンジンは作らない」と言っていたのに、実際には新しいエンジンだけでなくハイブリッドシステムやトランスミッションまで作っていたことになります。エンジニアに聞くと、一時は確かに新規のエンジン開発がストップしたものの、しばらくして再開の通達があったとのこと。確かにこのハイブリッドシステムの構造からして慌てて作ったようには見えないので、お蔵入りしそうだったものが日の目を見たということのようです。
このエンジンを開発するにあたり、コンパクト化が最優先事項だったそうです。新型CLAのアーキテクチュアとボディはそもそもBEV用として用意されていたため、エンジンルームがとても小さかったのです。エンジンをコンパクトにしたいなら、4気筒ではなく3気筒という策もあったはず。それをしなかった理由についてエンジニアは「3気筒だとどうしても特有の振動とノイズが出てしまう。プレミアムブランドのメルセデスの商品として、それは満足できるレベルではなかったので4気筒にする決断をしました」と語っていました。
彼らの努力により、4気筒にしては確かにコンパクトなエンジンが完成し、20kWのモーターを収めたトランスミッションと組み合わされたハイブリッドシステムは、エンジンルームに横置きで搭載され、前輪駆動がベースとなります。4輪駆動の4MATICもあるそうですが、メカニズムはリヤにモーターを置くタイプではなく、エンジンパワーをプロペラシャフトを介して後輪へ伝える機械式4WDの駆動形式となります。
なお、メルセデスはすでに同じような構造のマイルドハイブリッドシステムを使っていますが、それにはEVモードがありません。新型CLAに搭載されるハイブリッドシステムはEV走行も可能となります。
もちろんBEV仕様も用意
BEV仕様は、200kWのモーターや2段式トランスミッションなどをひとつのハウジングに収めてリヤに搭載。つまり、ハイブリッドは前輪駆動ですがBEVは後輪駆動がベースとなります。4MATICも導入されますが、その場合はフロントに80kWを発生するモーターを追加。
室内スペースの床下に配置されるバッテリーは58kWhと85kWhから選べるようになっていて、使用条件などによっては750km以上の航続距離をテスト走行で記録しているそうです。
また、メルセデスとしては初めて800Vの電気プラットフォームを採用しており、充電器次第では10分以内に最大300km分の充電が可能。回生ブレーキの性能や効率も向上していて、日常走行の領域では通常のブレーキが作動する局面はほとんどないとのことでした。
このアーキテクチュアとパワートレインはCLAの他に、シューティングブレーク(=ワゴン)と2種類のSUVにも使うことがすでに公表されています。この4モデルがメルセデスのラインナップの中ではもっともコンパクトな兄弟となるため、AクラスとBクラスは近いうちに生産終了となるでしょう。安価なモデルは整理して縮小し、利益率の高いプロダクトを増強するというのもまたメルセデスの中長期戦略のひとつなのです。