ちょうど同じころ、やはり知人の紹介で、東京在住のラビ、ビンヨミン・エデリー氏と京都在住のラビ、モルデカイ・グルマハ氏とも知り合った。ラビたちは日本在住歴が長いが、常に山高帽を被り、ユダヤ人としての生き方を異国で実践している。イスラエル留学を中断して一時帰国せざるを得なかった筆者は、彼らの家を頻繁に訪れ、ユダヤ教の歴史や精神を聞くようになった。

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 そんな折に、ふと「ラビはお茶を飲めない」という話を聞いた。より正確な言葉を使えば、「コーシャ認証」を受けたお茶でなければ飲めない。イスラム教のハラル認証については、日本でもすでに市民権を得ているかもしれないが、実はユダヤ教にもコーシャという食べ物に関する宗教上の制約がある。当時、日本でコーシャ認証を受けた茶はほとんどなく、ラビたちは長年日本に住んでいるにもかかわらず、抹茶を飲む機会がなかったという。

 この話を小泉先生にしたところ、非常に関心を持って下さった。先生はこれまで台湾、中国、フランス、米国等で日本の茶の湯文化を広める活動を続けてきた。筆者も大学院の修了プロジェクトを何にしようかと思案していた矢先だったので、「コーシャ認証を取ったお茶を、ラビたちに飲んでもらう」というアイディアを思いついた。小泉先生は、普段やり取りのある茶園をご紹介くださるという。エデリー氏とモルデカイ氏にも伝えたところ、2人とも「ぜひ飲みたい」とのこと。これで準備は整った。

世界初「コーシャ茶の湯セット」完成

 コーシャには主に3つのルールがある。

(1)禁じられた動物を食べてはならない

(2)肉と乳製品を一緒にしてはならない。同時に食べてはならず、食器や調理用具も肉用と乳製品用に分ける

(3)肉はコーシャ処理(ラビが自らユダヤ教の宗教規定に従って食肉処理・解体する)をしなければならない

 禁じられた動物とは、牛、羊、ヤギ、鶏、七面鳥などを除く多くの肉類(したがって豚やイノシシも禁止)、イカ、タコ、カニ、エビ、サメ、貝類などウロコのない魚介類、他にも昆虫が該当する。この他にもさまざまなルールが存在するが、それは別の機会に譲る。

 一見、肉や魚に関するルールばかりで、野菜やお茶などの植物には関係ないと思われるかもしれないが、決してそうではない。ラビが語った抹茶のコーシャ認証のためのポイントは次の4点だ。

1.ダニ・害虫の除去の徹底(虫を摂取することは宗教上禁じられているため)

2.工場設備・周辺環境の審査(衛生管理のみならず周囲の工場等の確認)

3.畑から加工場までの輸送体制の審査(異物混入を防ぐため)

4.パッケージの材質・工程における異物混入回避の徹底

 虫の混入はコーシャの定義上で禁止されているが、ラビによっては化学物質の混入にも気を配る。ユダヤ教が「人を大事にする宗教」である以上、仮に禁止動物でなくとも、人間の健康に害をもたらす製品を流通させるわけにはいかない。ラビが自らの足で畑や工場に出向くのにも、相応の理由があるのだ。

 今回訪問した茶園では、茶葉収穫から包装まで全て半径1キロメートル以内で完結していたため、比較的容易に認証を取得することができた。仮に複数の茶園の茶をブレンドさせる場合、その全ての茶園を訪問する必要があるため、当然認証のハードルが上がってしまう。

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