「老朽化」「非衛生」を常套句に破壊していく

 かかる雰囲気を反映してか、文化財の活用をめぐる議論のなかでは、「教育委員会が主管する文化財関係の権限を首長局へ委譲すべきだ」との発言もあり、開発・再開発との関係をどう調整するかが話し合われてきた*6

*6 文化審議会「文化財の確実な継承に向けたこれからの時代にふさわしい保存と活用の在り方について(第一次答申)」2017年、20頁。

 再開発を一切禁止することがナンセンスとすれば、最も影響を受けやすいのは、埋蔵文化財や文化的景観だろう。前者は毎日列島のどこかで掘り返され、調査を経て壊されたり、埋め戻されたりしており、あるいは発見されないままに破壊されている可能性も想定できる。

 後者は要素が複合的で、規模も比較的大きな分扱いが難しく、景観利益・眺望利益や景観権・眺望権といった、法的概念とあわせて語られることもある。文化財が地域の人びとのアイデンティティーと結びつき、文化的生活を支えているとすれば、それゆえに充分な意見交換と丁寧な合意形成が必要なのである*7

*7 合意形成の方法・先例として、桑子敏雄『社会的合意形成のプロジェクトマネジメント』(コロナ社、2016年)・同編『環境と生命の合意形成マネジメント』(東信堂、2017年)、宮内泰介編『なぜ環境保全はうまくいかないのか』(新泉社、2013年)・同編『どうすれば環境保全はうまくいくのか』(新泉社、2017年)、宮内泰介/三上直之編『複雑な問題をどう解決すればよいのか――環境社会学の実践(シリーズ環境社会学講座六)』(新泉社、2024年)など参照。

 今後文化財保護法制においても、未指定文化財も対象にしたうえで、専門家の要請に基づく調査義務の徹底、首長部局や教育委員会の保護義務不履行に対する罰則などが盛り込まれるよう、充分議論されてゆくべきだろう*8

*8 以上の内容については、拙稿「ジェントリフィケーションが破壊する過去/未来の記録・記憶――新自由主義に抗う公正な歴史実践のために」(『歴史学研究』1042、2023年)も参照。

 本書のテーマである明治神宮外苑再開発問題も、以上の文脈のなかで議論されるべきことがらである。

 外苑地域では、2020東京五輪を契機に各種規制が恣意的に緩和され、住民の意向を無視したジェントリフィケーション(gentrification. 現状の古びた景観やコミュニティを、「老朽化」「非衛生」を常套句に破壊、土地の価格をつり上げて、より富裕な階層を呼び込もうとする新自由主義的な再開発手法)が強行、旧明治公園の解体にともなう路上生活者の排除、都営霞ヶ丘アパートの住民立ち退き・解体を経て、三井不動産・伊藤忠商事・JOC(日本オリンピック委員会)・JSC(日本スポーツ振興センター)など、事業者たちによる新たな本社ビル等の建設が、高層で進められている*9

*9 以上の経緯については、渥美昌純「新国立競技場問題の何が問題なのか?」(天野恵一/鵜飼哲編『で、オリンピックやめませんか?』亜紀書房、2019年)、小川てつオ「オリンピックと生活の闘い」(小笠原博毅/山本敦久編『反東京オリンピック宣言』航思社、2016年)など参照。

旧明治公園からの路上生活者の追い出しは訴訟にも発展した=2016年3月24日、東京都千代田区の東京地方裁判所前(写真:ロイター=共同)旧明治公園からの路上生活者の追い出しは訴訟にも発展した=2016年3月24日、東京都千代田区の東京地方裁判所前(写真:ロイター=共同)
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 現在の再開発問題はその延長線上・交差線上にあり、さらなる環境破壊や弱者への抑圧が生じないよう、監視・批判してゆく必要がある。