文化財に危機をもたらす災害、戦争、そして再開発

 一般的に、文化財に危機をもたらす要因として主要なものには、災害と戦争、そして再開発がある。前二者については、被害をコントロールできないことから自明といえるが、後一者には、文化財保護法に基づく冷静な合意形成(すなわち抑止)も一見容易に思えてしまう。

 しかし、例えば経済利益優先の傾向のなかで行政/企業が結託すれば、とくに未指定文化財の破壊など、どのようにも正当化しうる。

 実際、現在の列島社会では、いわゆる惨事便乗型資本主義(disaster capitalism)や祝祭型資本主義(celebration capitalism)が横行し、災害復興やメガ・イベント開催の名目で特例的な規制緩和・対象除外がなされ、次々に企業が呼び込まれて再開発の断行されるケースが増えている。

 典型的なものが、2018年における東京中央卸売市場築地市場の解体(破壊)だが、同市場の建築空間については、世界遺産を推薦するICOMOS(International Council on Monuments and Sites)国内委員会や、近代建築の記録・調査・保存を担う国際組織DOCOMOMO(International Working Party for Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of the Modern Movement)、国内の歴史学関係学会四者協(日本史研究会・歴史科学協議会・歴史学研究会・歴史教育者協議会)など、国内外の専門家団体から文化財的価値を承認され、解体の中止・保存活用を要請されていた。

 ところが、東京都はこれらに一切の回答をせず、市場機能を(これも日本科学者会議東京支部から、安全宣言の再検討を要請されていた)豊洲へ移して直後、調査さえせずに予定を前倒しして、突然同空間を更地にしてしまったのである。

 5年経ったいまになってようやく、5万人規模の屋根付きスタジアムを建設するとの報道がなされているが、充分時間的余裕があったなかでの拙速な破壊が、何らかの政治的・経済的思惑によるものであろうとの推測はできる*5

*5 以上の経緯については、拙稿「築地市場解休――理不尽に失われる歴史情報の宝庫」(『歴史学研究月報』709、2019年)・「築地の〈亡所〉化に抗う」(『歴史評論』836、2019年)・「水産市場の〈地霊〉(「亡所考」第12回)」(『世界』951、2021年)など参照。新聞記事は土舘聡一/伊藤あずさ「築地に屋根付き5万人スタジアム、市場跡地の再開発」(『朝日新聞』デジタル、2024年4月19日付) 。