米国はユーラシアに覇権国の登場を許さない

 米国は、国家安全保障戦略と、それに次ぐ国防戦略および軍事戦略を公表している。

 しかし、国家安全保障戦略の大元となる大戦略/国家戦略について公に明言することはあまりない。

 ただ、2024年1月10日付の米議会調査局(CRS)による議会への報告書「新たな大国間競争:国防への影響-議会への問題提起」に、それに該当する内容が含まれている。

 その中の「大戦略と地政学」の項に、要約すると、次のような認識あるいは見解が示されているからだ。

●世界の人々、資源、経済活動のほとんどが西半球ではなく、他の半球、特にユーラシアに集中している。

●ユーラシアにおける地域覇権国(の出現)は、米国の死活的利益を脅かすのに十分な規模の権力を集中することを意味する。(括弧は筆者)

●ユーラシアは、地域覇権国の出現を阻止するという点で、確実に自己規制を行っていない。

 言うなれば、ユーラシア諸国が、自らの行動によって、地域覇権国の出現を防ぐことができるとは期待できず、これを確実に行うためには、ユーラシア大陸以外の1つもしくはそれ以上の国からの支援が必要である。

●そのため、米国は「ユーラシアにおける地域覇権の出現を阻止」するという目標の追求を選択すべきである。

 別のCRSの報告書「防衛入門:地理、戦略および米国の軍隊(戦力)設計」(2024年3月19日更新)では、「ユーラシアにおける地域覇権の出現を阻止すること」には、次のような含意があるとしている。

・ユーラシアにおける権力の分裂を維持すること。

・ユーラシアの主要地域が単一の権力の支配下に置かれるのを防ぐこと。

・ユーラシアにおける1あるいはそれ以上の地域覇権国の出現の結果としての世界的勢力圏・影響圏の出現を防ぐこと。

 このような大戦略/国家戦略を背景とした「大国間競争(GPC)」構想は、オバマ政権の後半に公表された「国家軍事戦略(NMS)」(2015年6月)から現れるようになった。

 次期トランプ政権の「国家安全保障戦略(NSS)」(2017年12月)と「国家防衛戦略(NDS)」(2018年1月)では、その中心に据えられ両戦略をGPCに明示的かつ正式に重点を置く方向に方針転換した。

 中国に対し弱腰あるいは宥和的と見られてきたジョー・バイデン大統領も前政権の戦略を基本的に踏襲しており、例えば、2022年10月に公表した「国家安全保障戦略(NSS2022)」では、次のように述べられている。

「米国はグローバルな利益を持つ世界的な大国である。我々は、他の地域に積極的に関与することで、各地域でより強くなっている」

「ある地域が混乱に陥ったり、敵対勢力に支配されたりすれば、他の地域における我々の利益に悪影響を及ぼすことになる」

 以上提示した資料に基づくと、米国は、政治・外交や経済・通商の相手の多くはユーラシア大陸に存在するが、同時に、自国の脅威の主対象も同地域に存在すると認識している。

 そのため、ユーラシアにおける地域覇権国の出現を阻止して世界における米国の利益を擁護し促進するという目標を追求することが米国の大戦略/国家戦略の最大の役割であり使命である、と考えていることが理解されるであろう。

 1989年、米ソ首脳によるマルタ会談をもって東西冷戦が終結した。

 それによって、冷戦間の脅威の主対象であったソ連(現ロシア)との間の決着が付いた。

 しかし、しばらくしてユーラシアの東端に位置する中国が急速に台頭し、それに伴う覇権交代の挑戦を受けるようになった。

 一方、ソ連崩壊後の経済的・社会的混乱を経てロシアが復活を果たし、ウクライナ侵略に見られるように同国もまたGPCの主対象となった。

 これが、現在の国際社会における米国と中国・ロシアとの戦略的競争・対立の本質的構図であり、ハリス氏あるいはトランプ氏のいずれが大統領になっても、GPCは新米政権の総力を挙げて取り組まなければならない大戦略/国家戦略上の最重要課題なのである。