- 11月の米大統領選では、テクノロジーによって自由原理主義を追求しようという「テクノ・リバタリアン」たちがトランプ支持を相次いで打ち出している。
- 象徴的なのがイーロン・マスク氏だが、著名投資家ピーター・ティール氏と副大統領候補J.D.バンス氏との関係も注目されている。
- バンス氏は白人の貧困家庭出身。なぜ、テックエリートであるティール氏と結びついたのか。『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)の著者、橘玲氏に話を聞いた。
(湯浅大輝:フリージャーナリスト)
>>【後編】【米大統領選】机上の平等主義にうんざり、右傾化するシリコンバレー…テクノ・リバタリアンはなぜトランプ支持?
空虚なリベラリズムが嫌いなふたり
──バンス氏は著書『ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち~』 (光文社未来ライブラリー)の中で、アメリカの繁栄から取り残されたオハイオ州で育った経験から、「アメリカン・ドリーム」がもはや過去のものになったことを赤裸々に綴りました。そんな彼とシリコンバレーの伝説的投資家であるティール氏は距離が近いことで知られていますが、両者の共通点はどのようなところにあるのでしょうか?
橘玲氏(以下、敬称略):バンスとティールに共通するのは、きわめて高い能力をもつエリートでありながら、アメリカ東部や西海岸のリベラルなエスタブリッシュメント(支配階級)の文化に反感を抱いていることでしょう。
バンスはラストベルト(錆びついた地域)の貧しい崩壊家庭で生まれ育ち、海兵隊に入隊したのち、復員兵援護法を利用して大学に入学、その後、イェール法科大学院を出ています。イェールはハーバードなどと並ぶアイビー・リーグの名門で、学生の多くが上流階級出身のお坊ちゃま/お嬢さまです。
そんなリベラルのエリートたちは、人種や性別による机上の平等を唱えるばかりで、バンスが体験したような貧困を理解するどころか、想像することさえできない。学生たちの米軍や国家に対する批判的・冷笑的な態度も、元軍人の愛国者であるバンスには看過できなかったのではないでしょうか。
ピーター・ティールも、うわべだけの空虚なリベラルに学生時代から反発していました。中学生の頃からレーガンの熱心な支持者で、スタンフォード大学では「文化多元主義」の名の下に西欧文化を否定する風潮に対抗するキャンパス新聞「スタンフォード・レビュー」を創刊し、自ら編集長に就任しています。
ティールはスタンフォード大の法科大学院を卒業した後、名門法律事務所に所属しますが、幻滅してウォール街の投資銀行に転職、そこもすぐに辞めて、ベンチャー投資家になるべくシリコンバレーに移ります。イーロン・マスクとともにPayPalを創業し、その後、凄腕の投資家として活躍し、「PayPalマフィア」と呼ばれる大富豪たちのグループの中心として、シリコンバレーで大きな影響力を持つようになります。
バンスもイェールのロースクールを出た後、法律事務所で働きますが、水が合わなかったのか、わずか1年で退職してベンチャーキャピタルの世界に飛び込みます。その後、ピーター・ティールが所有するファンドのひとつ、ミスリル・キャピタルに所属していました。バンスの経歴は、ティールと瓜二つなのです。
ティールは2011年にイェールで講演し、ウォークやキャンセルカルチャーなどの大学の“左傾化”を批判しました。恵まれた学生たちの「ハイソな文化」に違和感を覚えていたバンスはこの講演に強く共感し、ティールにメールを送ったことで付き合いが始まったようです。
バンスが政界を目指すようになると、ティールが「後見人」のようになり、2022年に故郷のオハイオ州から出馬した上院選では約1500万ドル(約22億円)の政治資金を出しています。
──バンス氏が上院議員になったのは、「ヒルビリー・エレジー」がベストセラーになった6年後でした。彼は元々、政治的野心を持っていたのでしょうか。