「帝国」の拡大

 このノモンハン事件の展開を注意深く観察していたスターリンは、日本軍とドイツ軍によって挟み撃ちにされるのを避けるために、ヒトラーの提案に乗り、独ソ不可侵条約を締結するという決断に至り、1939年8月23日に実行した。

 この独ソ不可侵条約の締結は世界中を驚愕させたが、日本の平沼騏一郎内閣は、全く予想しない展開に、「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じたので」といういわゆる「複雑怪奇声明」を発して総辞職してしまった。

 日独伊三国軍事同盟の盟友であるドイツが敵のソ連と握手するという事態に、日本が狼狽したのは無理もない。9月1日にはドイツ軍がポーランドを侵攻し、9月3日は英仏がドイツに宣戦布告して第二次大戦が始まる。

 そこで、日本としては、ノモンハン事件の停戦を目指すしかなく、9月16日に停戦が成立した。そして、その翌日、スターリンはポーランドに侵攻する。

 1939年春以来のこの事態の推移を見ると、ノモンハン事件が第二次世界大戦の勃発に大きな役割を演じたことが分かる。後に元帥にまで昇進するソ連軍の英雄、ジューコフによる戦車戦は、1941年6月に始まる独ソ戦の予行演習という意味も持つことになる。

 プーチンは、スターリンは祖国をファシズムから守った偉大な政治家だとして、スターリン批判を禁止している。

 スターリンは、ヒトラーと組んでポーランドを分割領有したり、バルト三国などを支配下においたりしたが、これは第一次世界大戦、ロシア革命とそれに伴う内戦の混乱の中で奪われたロシア帝国の領土を回復する試みであった。

 プーチンは、2022年2月24日、ウクライナに侵攻するが、プーチンによれば、それは、ベルリンの壁崩壊、ソ連邦の解体という混乱の30年間に失われた領土と支配地域を回復する作業の一環なのである。

 2000年3月の大統領選挙で当選したプーチンは、ソ連帝国、強いロシアの復活、失われた領土の回復を大きな目標に掲げるが、それはスターリンと同じである。

 歴史を振り返ると、今の国際情勢への理解が深まる。

【舛添要一】国際政治学者。株式会社舛添政治経済研究所所長。参議院議員、厚生労働大臣、東京都知事などを歴任。『母に襁褓をあてるときーー介護 闘いの日々』(中公文庫)『憲法改正のオモテとウラ』(講談社現代新書)『舛添メモ 厚労官僚との闘い752日』(小学館)『都知事失格』(小学館)『ヒトラーの正体』『ムッソリーニの正体』『スターリンの正体』(ともに小学館新書)『プーチンの復讐と第三次世界大戦序曲』(インターナショナル新書)『スマホ時代の6か国語学習法!』(たちばな出版)など著書多数。YouTubeチャンネル『舛添要一、世界と日本を語る』でも最新の時事問題について鋭く解説している。