イラン大統領選挙で勝利した改革派のペゼシュキアン氏(写真:ロイター/アフロ)
  • イラン大統領選で米欧との融和を主張する改革派のペゼシュキアン氏が勝利した。保守強硬路線の保守派ジャリリ氏を決選投票で破った。
  • 外務省時代にイランで調査員も務めた慶応義塾大学の田中浩一郎教授は「今回の選挙は不審な点が多い。出来レースではないか」と分析する。
  • 反米・保守強硬路線だった前大統領のライシ氏は、ハメネイ師らイランの指導層にとって「不都合な存在」に成り下がったのかもしれない。どういうことか。

(湯浅 大輝:フリージャーナリスト)

ペゼシュキアンは本当に勝ったのか?

──イランの新大統領にペゼシュキアン氏が就任します。選挙結果をどのように分析していますか。

慶応大・田中浩一郎教授(以下、敬称略):イランの大統領選挙はサプライズを伴うことが多いのですが、とても不思議な選挙でした。6月28日に投票が行われ、過半数を得た候補がいなかったことから、7月5日に保守派のジャリリ氏と改革派のペゼシュキアン氏による決選投票が実施されました。その結果、当初ダークホースだったペゼシュキアン氏が勝ちました。

「不思議」なのは、28日の開票プロセスです。開票が始まると、けっして前評判の高くなかったペゼシュキアン氏がジャリリ氏をリードしたからです。

 ペゼシュキアン氏が勝った州(青色)をみてください。

(出所:The Iran Primer, June 28 Results : Iran’s 2024 Presidential Election)

  比較的人口が多い州ではジャリリ氏(赤色)が勝利を収めていることが分かります。ペゼシュキアン氏が勝った州は、テヘラン州や東アゼルバイジャン州を除くと、大部分が辺境に位置し、赤色で塗られた州と比べると人口は少ないのです。

 そう考えると、首都テヘランのあるテヘラン州の開票は最後になるため、開票作業中は組織力に勝るジャリリ氏がリードするという構図が予想されるのですが、ペゼシュキアン氏が互角以上の闘いを展開しました。投票率が伸び悩む中で、組織票に支えられたジャリリ氏がペゼシュキアン氏に後れを取るという状況は、これまでの選挙常識では考えられなかったのです。

田中 浩一郎(たなか・こういちろう)慶応義塾大学 大学院政策・メディア研究科 教授 中東研究者。1961年生まれ。東京外国語大学外国語学部ペルシア語学科卒業、東京外国語大学大学院外国語研究科アジア第2言語修了。在イラン日本国大使館専門調査員などを経て、1999年から2001年まで国際連合アフガニスタン特別ミッション政務官を務め、タリバン旧政権末期の和平交渉にあたった。その後、日本エネルギー経済研究所常務理事兼中東研究センター長などを経て、現在は慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。中東地域の国際関係やエネルギー安全保障について研究を行う。

 最終的に、終盤で優位を取り戻したペゼシュキアン氏が、人口が最も多く、無党派層で占められているテヘラン州でジャリリ氏を引き離すという結果になりました。しかも、この番狂わせが改革派候補にとっては絶対的に不利であるはずの40%に満たない過去最低の低投票率で起きたのです。ここに何らかの作為を感じさせるものがあります。

 率直に申し上げますと、私は今回、イランの指導層が「改革派に勝たせてもいいか」と半ば諦めの境地にあったのではないかと見ています。これは大統領選挙の候補者が、誰ひとりとして最高指導者の後継候補とはなり得ない人物であることから、選挙結果にあまり神経質になっていなかったこととも関連しています。

 実はイランでは、何らかの操作が疑われた選挙は過去にもあります。2009年の大統領選では保守派のアフマディーネジャード氏が再選しましたが、改革派のムーサヴィー氏との対決において、開票プロセスに不審な点が多数見られました。

 その結果、2009年の大統領選後には激しいデモが起き、警察に加えて武装民兵が介入して鎮圧する騒ぎになりました。今回は、何らかの操作が疑われたとしても、大きな騒ぎになる余地はないと思います。7月5日の決選投票後にジャリリ氏が潔く負けを認め、保守派支持層からの反発も起きていないからです。

──仮に選挙の操作があったとして、なぜイラン指導部はペゼシュキアン氏に勝たせたのでしょうか。