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 窓の外に突然、現れた戦車。走行する車体には「Z」の文字が見える。無造作に力強く描かれているその文字が不気味なこと、この上なく、この戦争に何の秩序もルールも存在しないことを示しているかのよう。フィクションならどんなにいいだろう。

 でも、この映像はドキュメンタリー。次の瞬間、砲塔がくるりとこちらに向けられる。

監督がアカデミー賞受賞を喜べなかった作品

『ゴジラ-1.0』が日本映画として初めて視覚効果賞を受賞し、日本中がお祝いムードに沸いた第96回アカデミー賞授賞式。同じ時、ウクライナ映画史上初めてアカデミー賞を受賞した映画があった。長編ドキュメンタリー賞を受賞した『マリウポリの20日間』。だが、壇上に上がった人々の表情は決して喜んではいなかった。

「おそらく私はこの壇上で、この映画が作られなければ良かった、などと言う最初の監督になるだろう。このオスカー像を、ロシアがウクライナを攻撃しない、私たちの街を占領しない姿と交換できればと願っています」

 受賞スピーチでそう語ったのは監督のミスティスラフ・チェルノフ。ウクライナ東部の出身で、国際紛争の取材を10年近く経験してきたAP通信のビデオジャーナリスト。彼と取材チームはマリウポリ市内に残る唯一のジャーナリストとして、目を覆いたくなるような酷い映像を怯むことなく記録し続けた。