(山中 俊之:著述家/国際公共政策博士)
「ラーマ10世の写真は、ラーマ9世の横に小さく置かれているんですよ。タイの人が国王をどう見ているか分かりそうですね」
先日タイを訪問した際にあるタイ通の方から聞いた話だ。名君として国民の尊敬を集めていたラーマ9世(プミポン国王)の2016年の死去後、即位した息子のラーマ10世(ワチラロンコン国王)が先代の国王ほどの尊敬を集めていないことを暗示している。
当然かもしれない。日本での報道は大きくないように感じるが、ラーマ10世は、ドイツに滞在していることも多い。コロナ禍では、美女を多く引き連れ、ドイツで隔離生活をしていたと言われる。
タイでは、国王や主要王族への批判や侮辱は不敬罪に罰せられる。そのため、大っぴらに国王批判はできない。国民にとっては、写真を小さくすることがせめてもの抵抗なのだ。
本稿では、タイの混乱を生みかねない国王のあり方と政治と社会について述べて、タイとの関わりを考えていきたい。
実質的権限が大きい王室
タイの国王のタイの政治における位置づけを確認しておきたい。
世界に現在も存在する国王の大半は、憲法によって国王の権限が規定されている立憲君主制下の国王だ。英国やオランダの国王のように、政治的権力が制限されており、儀礼的な存在であることが一般だ。
タイも、憲法において国王の権限が規定されている。その意味では立憲君主制と言える。
もっとも、国王の地位は「尊敬し崇拝すべき地位」(第8条)として人民の最高点に立つ人物とされている。また、「タイ軍の総帥」(第9条)として軍隊の中で最高の階級が与えられ、「仏教徒であり且つ宗教の保護者」(第10条)として宗教界の頂点に立つ存在である。
軍隊の中で最高の階級に属することは、タイ国内で隠然たる力を持つ国軍との関係を通じて、政治に影響力を行使することにつながる。
実際に国王は、タイでクーデターが起きた場合の調整に当たり、クーデター政権にお墨付きを与えることもある。