3月17日に大統領選が迫っているタイミングで、そんな露骨な殺人をやればプーチンに不利に決まっているではないかという学者がいるが、そんな常識的判断はかれらにはまったく通用しないのである。かれらに恥意識は皆無だし、いまやテレビカメラも弁護士も群衆も、YouTubeの1億回再生も怖くないのだ。

 ナワリヌイの死を受けて、各国首脳からロシアへの非難が相次いだ。

 バイデン米大統領は「間違いなくプーチンの責任だ」と非難した。カナダのトルドー首相は「プーチン大統領が怪物であることを全世界に再認識させた」といい、ドイツのショルツ首相は「我々はモスクワで権力を握る政権がどのようなものか、よく知っている」と発言した。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は「プーチンに殺害されたのは明白だ」と断言し、フランスのマクロン大統領は「今日のロシアでは自由な精神は収容所に送られ、死刑にされる」と発言。英国のスナク首相は、「ロシアの民主主義の擁護者として、生涯を通じ、信じられないほどの勇気を示した」とナワリヌイを称えた。

 プーチン政権はこれらも痛くもかゆくもない。ただの言葉だからだ。

 ロシア当局は死因は「突然死症候群」といい、「事件性はない」と発表した。ペスコス報道官は、国内外のプーチン批判は「受け入れられない」といったが、これももちろん無意味。ナワリヌイの弁護士に教えた場所に遺体は存在せず、結局ナワリヌイの母リュドミラさんにも遺体の返却は拒否した。

ロシア・ヤマル・ネネツ地方のサレハルドに到着したナワリヌイ氏の母リュドミラ・ナワリナヤ氏と弁護士のワシリー・ドゥブコフ氏(写真:ロイター/アフロ)ロシア・ヤマル・ネネツ地方のサレハルドに到着したナワリヌイ氏の母リュドミラ・ナワリナヤ氏と弁護士のワシリー・ドゥブコフ氏(写真:ロイター/アフロ)

ナワリヌイはなぜ帰国したか

 彼女は「お悔やみの言葉など聞きたくない」といい、今月12日にヤマロ・ネネツ自治管区の刑務所で息子と面会したときは、「生きていて、健康で、陽気だった」と語った。ある独立系メディアは、ナワリヌイが死の前日に、オンラインで出廷したとされる動画をSNSに投稿した。そこには時折笑みを浮かべながら裁判官らに冗談を言うナワリヌイの元気な姿が映されていた。

 妻のユリアは、「プーチンは露国内で行った全ての虐殺の責任を個人的に負うべきだ」と非難した。

 それにしても悔やまれるのは、ナワリヌイは逮捕されるとわかっているのに、なぜロシアに帰ったのかということだ。いまさらこんなことを書いても詮無いが、映画『ナワリヌイ』のなかでかれは、CNNのインタビューにこう答えている。

「リスクを承知の上で帰国したいのですか?」
「そうだ」
「なぜ帰りたいと?」
「ロシアに殺し屋たちが存在してほしくない。プーチンを大統領にしたくない。帰って国を変えたい」

 語られた動機は、わずかにこれだけである。