- 1ドル141円台後半と、大幅に円高に振れた円相場。植田日銀総裁の参院財政金融委員会における発言がトリガーとなり、4カ月ぶりの高値まで急騰した。
- 今回のフラッシュクラッシュを受けて円高局面への転換を喧伝する向きもあるが、多額の貿易黒字を抱えていた1998年や2007年とは異なる。
- フェアバリューのない為替相場ではあらゆることが起きうるが、このまま円高が持続的すると考えるのは時期尚早だ。
(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)
チャレンジングは「挑戦的」か「困難な」か
円相場が急伸している。植田日銀総裁の参院財政金融委員会における発言がトリガーとなり、12月7日、円の対ドル相場は一時141円台後半と4カ月ぶりの高値まで急騰した。
直接的なトリガーは後述する植田発言で間違いなさそうだが、ほかにも米ADPが発表した11月の雇用統計の弱い結果や、IMF(国際通貨基金)高官による日銀への利上げ要請とも取れる発言など、短期間に複数の円買い材料が重なったのも事実である。
その結果、アルゴリズム取引を巻き込んだフラッシュクラッシュに至ったという解釈で良さそうだ。
同じ期間、日次で確認できる米インターコンチネンタル取引所(ICE)のドルインデックスはさほど下落していないことから、今回の動きは円を対象とした投機的取引であり、およそファンダメンタルズからは正当化できない動きと言って差し支えない。これほどの値幅を持った動きが持続するはずがない。
大々的に報じられた12月7日の参院財政金融委員会における植田総裁の「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と言った発言の真意はどこにあったのだろうか。
新聞各紙は、この「チャレンジング(challenging)」を「挑戦的」と訳し、来たるマイナス金利解除に備えた意気込みのように報じた。その結果が1日で5円以上の円高である。
だが、「チャレンジング(challenging)」は通常、「困難な」や「難しい」と訳すものではないか。
実質実効ベースでの歴史的な円安水準に加え、原材料価格はピークアウトしてはいるものの高止まりしている。結果、日本経済が交易条件の悪化に苦しむ状況は当面続きそうで、日銀が正常化に求める実質賃金上昇も多くを期待できそうにない。
植田総裁はこのような厳しい状況を「チャレンジング(challenging:困難な)」と表現したのではないか。質疑応答からでは判然としないが、その可能性はあった。
だとすると、それはごく一般的な心境を吐露したまでであり、マイナス金利解除を当て込んだ円高相場は過剰だった可能性もある。
特に、日本のことを良く分かっていない海外投資家はマイナス金利解除を利上げ局面開始の号砲のように受け止めている節もありそうだが、仮にマイナス金利解除があったとしても、それが連続的な利上げ局面に発展する可能性は低い。国内の市場参加者であればほとんどが理解している話だが、海外投資家にとってそれは常識ではない。