(英エコノミスト誌 2023年9月30日号)
総統選挙を控え、台湾の有権者に最大の脅威は米国だと思わせるのが狙い
台湾の有力紙「聯合報」が7月、どこからか漏洩した政府の秘密会合の議事録だとされる文書に基づく記事を掲載した。
記事によると、台湾の国防省が運営する研究所で生物兵器を製造してほしいとの要請が米国からあったという。
台湾と米国の当局者はこれを否定した。
漏洩したとされる議事録は、台湾の政府文書で通常使われる文体で書かれていなかったことが明らかになった。
問題の文書は、中国本土で使われるが、台湾では使われない公式文書風のフレーズに満ちていた。
恐らくこれは中国の偽情報だと台湾当局者は述べている。
しかし、この話は台湾のテレビ番組やインフルエンサーに広がり、瞬く間に突拍子もない話に発展した。
米国が中国人を殺すウイルスを開発できるようにするために、台湾が市民の血液サンプルを15万人分収集して米国に引き渡す、というのだ。
総統選を控え不安の種になる「疑美論」
台湾ではこの種の偽情報があまりに広く流布しているため、アナリストは「疑美論」というあだ名を付けた。
「米国懐疑論」という意味だ。
来年1月に非常に重要な台湾総統選挙を控え、疑美論の拡大は政府にとっても市民社会にとっても大きな不安の種になりつつある。
有権者は事実上、台湾は中国が実行するかもしれない侵攻に備える抑止力の強化で米国との連携を続けるべきか、それとも中国との関係強化に向けて動くべきか、どちらかを選ぶよう求められる。
野党・国民党はこの選挙を「戦争か平和か」の選択として描写し、与党・民主進歩党(民進党)の敵意が中国への挑発となって攻撃につながるとほのめかしている。
中国政府当局者はこの位置づけを支持し、台湾にとっての最大の脅威は中国ではなく米国だとする言説を拡散している。
偽情報の大半はこの誤ったメッセージの補強を意図したものだ。